空を泳げる、ただそれだけの話
空を泳ぐ夢を見たので、速攻で書き上げた短編です。
俺は空を泳げる。ただ、それだけの話だ。
異能力者、と世界はそう呼んでいる。ある日を境に世界中で同時多発的に観測された、フィクションでよくある導入のような始まりだ。
その異能力者は地球上でたった十人のみ。発症率七億分の一という奇病中の奇病。そのうちの一人が俺だ。
なんとなくだった。なんとなく、「あ、今俺空飛べる」と思ったのが俺の始まりだった。
なんでそうしたのか自分でも不明だが、そう思った瞬間俺は地面を強く蹴った。
そうしたら浮けた。以上である。
感覚的には、水の中と何ら変わりはない。
手や足を適切に動かせば、思った通りの方向に進めるし、固定された物を掴んで引けば、それなりの速度で進むこともできた。当然動かなければ、重力に従ってゆっくり落ちる。
他に特徴と言えば、少し呼吸がしにくいことくらいだ。
できないわけじゃなくて、しにくい。まるで空気が半分液体になったかのように、大きく呼吸しないとまともに酸素を取り込めない。
だから、泳ぐときは平泳ぎ限定だ。クロールとかするとすぐに息が上がってしまう。
いつもそんなじゃ困るんじゃないか、って初めて会ったやつは全員言う。
答えはNOだ。日常生活には全く問題はない。
というのも、この異能は俺の意思一つで簡単にスイッチを切り替えられる。
満員電車に巻き込まれて押し潰されてるときや、退屈な教師の授業を眠気と必死に格闘しながら受けているとき、冷凍食品だらけの味の薄い弁当を食べているときは、俺も地面を這う人間の一人だ。
空中遊泳できる人魚になるのは、休日と休み時間くらいだ。
初めは気分が良かった。空を泳ぐのは水の中と同じくらい気持ちがいいし、周りの奴らは期間限定でチヤホヤしてくれるおかげで優越感に浸れた。
でも、ただ本当にそれだけだ。
見慣れぬ異常も、百回見たら日常になる。俺が窓枠に張り付いてプカプカ浮いているときも、友達は好奇の眼差しを向けることなく下らない話を駄弁っている。
空を泳げるからって、何も特別にはならない。
将来の夢は決まらないし、スーパーヒーローなんてものにもなれない。
そして、好きだった幼馴染に告白することすらできない。
でも、こうやって地上を歩く人たちを見下ろしながら、何も考えずに空を気ままに泳ぐのは、大好きだ。