コンタクト 4
「キングのたるんだ尻を、思いっきりぶっ叩きたい!」
聞き覚えのある声が上がり、僕は振り向く。その声の主はジミ子だった。
「ちょっと、ジミ子、何言ってるんだよ落ち着いて」
僕は何とか落ち着かせようとするが、相手は酔っ払い。
まったく言う事を聞いてくれない。
「キングのだるんだるんの尻を、心ゆくまで叩きたい。
平手で、鞭で、思う存分引っぱたきたい」
……ああ、目が完全にいっている。
ジミ子が酔っ払うと、こんな感じになるのか。
将来、お酒を飲む機会が会ったら、出来る限り近寄らないようにしよう……
そんな事を思っていたら、あからさまに嫌な顔をしながら当事者のキングがやってくる。
「やめてくれよ、俺にそんなhobbyはないぜ」
当たり前だ、誰が好き好んで叩かれたいというのだろうか。
幸い、キングはあまり酔っていないようだ。
これでキングまでベロンベロンに酔っ払っていたら話にならない所だった。
「叩きたい、叩かせろ」
と駄々をこね始めたジミ子。このやり取りを見ていた宇宙人が、最悪な事に関心を持ってしまったようだ。
わざわざこっちにやってきて、こういった
「何故、叩きたいのカネ?」
「ブルブルと震える尻が見たい、その感触をこの手で存分に感じたい」
ジミ子は極めて真面目な顔で答える。
「ウム、尻を叩く事は法律に反するカネ?」
宇宙人は近くに居る墨田先生に質問をした。
「厳密に言えば暴力に当たると思いますが、場所によってはそういうサービスを提供しているSMクラブといった場所があります」
墨田先生はグレーゾーンぎりぎりの答えを返す。
「ソノ場所だと、問題は無いのカネ?」
墨田先生が微妙な顔をしながら答える。
「ええ、まあ、問題にはならない事が多いかもしれませんね」
「デハ、二人をソノ場所に送るヨ。思う存分、叩けばいいじゃナイ」
「「「えっ!」」」
僕と墨田先生とキングの声がハモった。
「いやいや、ちょっと待ってくれ」
思いっきり嫌がるキングに、宇宙人は。
「正しいドレスコードをしないといけないネ、こんな感じでショ」
といって、手でどこかに合図を送る。
すると次の瞬間、キングは猿ぐつわと目隠しをされ、両手と体をボンレスハムのように縛られた。
「ん゛ん゛~」
キングは何か言いかけているが、猿ぐつわのせいで何を言っているのか分からない。
続いて例のドアを開けると、ドアの先はどこかのSMクラブの室内だった。
ロウソクやら、見たこともない怪しい機器が並んでいる。
「お金は払っておくカラ安心シテ」
「やった、じゃあ叩いてくるね」
満面の笑顔を浮かべたジミ子と、何か悲痛な叫びを上げようとしているキングはドアの向こう側へと消えていった……
「ナルホド、コレがこの国の高校生の一般的な思考カ……」
宇宙人が、顎に手を当てて、納得している。
いや、違う。これは一般とは程遠い。これを一般的と考えるのは勘弁してほしい。
ジミ子とキングを見送った後、今度はミサキが僕に絡んできた。
「ちょっとツカサ、あなた私の事をどう思っている訳?」
「えっと、かけがえのない親友だと思っています」
「違うだろう。そうじゃないでしょう」
ああ、これは酔っ払い特有の面倒くさいパターンだ。
姉ちゃんがよくこの状態で帰ってくる。
なにを言っても否定されるし、適当に話を受け流すしかなさそうだ……
ミサキは再び同じような質問を僕にしてきた。
執拗に繰り返すのも酔っ払いの特徴だ。
「ツカサ、私の事をどう思っているの?」
「ええと親友だと……」
「以前、告白してきたの憶えてる」
忘れるはずもない、僕は以前ミサキに告白した事がある。
そして結果として振られてしまった……
「もちろん憶えてるよ、結果はそのダメだったけど……」
「あの時、なんて言ったか憶えてる?」
「ごめん、ちょっとよく思い出せない……」
「こう言ったんだよ『僕たちも試しに付き合ってみよっか?』って」
「あっ、うん」
「そんな告白がある? 『試しに』って何よ!
告白するんなら白馬でも用意してよ!!
白いタイツ履いて、白馬に乗って、両手一杯の薔薇くらい用意しろって言うの!!!」
「あっ、はい」
もしかして僕と付き合う事がダメだったんじゃなく、これは僕の告白の仕方が悪かっただけなのか?
ミサキの発言からは、おそらく白馬の王子様のような告白を期待していたのだろう。
しかし、白馬とか無理にも程がある。
こんな条件では、どんな告白をしていても失敗した気がする……
ミサキがちょっとシュンとしながら言う。
「私より胸大きいし、カワイイし……」
次の瞬間、僕の目を真っ直ぐ見据え、手を強く握るとミサキはこう言った。
「もう、私と付き合え、私の彼女になれ!」
「えぇぇ~」
嬉しい反面、これは逆じゃないだろうか。彼氏が僕ならわかるのだが。
返答に困っている僕に、ミサキはピシャリと言う。
「返事は!!」
「はい、これからお願いします!」
こうして僕らの関係は不本意ながら進展した。
宇宙人は実地調査を終えると、そのまま帰ってしまった。
残されたのは酔っ払い達。
この後が大変だった。
比較的、症状の軽い者は自力で帰れたのだが、症状の重い者は先生方が手分けして自宅へと送り届けた。
他校へケンカをしに行ったヤン太は、幸か不幸かケンカの前に通報されて、警察に補導される。
墨田先生が向いに行き、警察に「酔っ払っていますが、酔っ払いではありません」という訳の分からない説明をしたらしい。
状況を飲み込んで貰うまで2時間以上かかったそうだ。
翌日の朝、僕はいつも通りミサキを向いに行く。
家のチャイムを押し「入ってきて良いよ」と言ういつもの声を聞いて、ミサキの家に入る。
これからは恋人として、どのように付き合えばいいんだろうか。そんな事を考えていたら、少しドキドキしてきた。
しばらくすると頭を抱えたミサキが、のそりと奥から出てきた。
「うぅぅ、頭がガンガンする……」
「大丈夫?」
「ツカサ、昨日、何があったか話してくれない。何も思い出せなくて……
ポケットに5万円入ってるし、何が何だか……」
「あっ、そう。そうなんだ。何も思い出せないの?」
「うん、説明をお願い……」
僕は昨日のいきさつをミサキに話す。もちろんミサキが僕に告白したことは内緒だ。
僕らの関係はまたいつも通りに戻ったのだが……
まあ、本音が聞けただけ良いのかもしれない。
……しかし、白馬のレンタルっていくらぐらい掛かるのだろうか?
僕はスマフォを使って調べてみる。
はたして予算5万円で借りられるものだろうか。
※イラストはseima氏に描いていただきました。




