経営者と労働者 1
第4回目の改善政策の発表が終わると、こんどは日本政府の発表が待っていた。
総理大臣が現れ、今後のベーシックインカムの内容が語られる。
主な概要は
・一人当たりおよそ7万円の配布。
・未成年など子供も支給対象。お金の受取人はもちろん保護者。
・生活保護などを受けている人は、生活保護費が削られ、支給額の合計は変わらない。
・今後の年金の配給が減る可能性がある。
こんな所だ。
正直言って、僕らには今回の政策改善は関係ない。
いや、全く関係ないわけではないが、僕らに直接お金が入ってくるわけではない。
せいぜい家族の収入が増えて、もしかしたらお小遣いがちょっと増えるくらいの影響力だろう。
一通りの説明が終わると、僕らのクラスで雑談が始まる。
話題は、今、説明をされたベーシックインカムの事だったり、全く関係のないゲームやテレビの話だったり。
いつもと変わらないような光景だが、教室の一角だけ少し異様な空気が漂っていた。
それは野口くんの周りだ。
野口くんの友人は、次々に「よかったな」「よかったね」と、喜びとも励ましとも取れる声をかけている。
それに野口くんは、「ありがとう」「助かった、ありがとう」と喜びをあらわに答えていた。
??? おかしい。彼はたしか社長の息子で周りの人間に、よくおごっていた。
金遣いが荒く、男性の時は複数の彼女と付き合っていたはずだ。
ベーシックインカムの導入には、ベーシックインカム税というのが適用される。
収入の多い家庭では、より多くの税金が課されるらしい。
彼の家庭では、おそらくかなり税金が増えてしまうだろう。
僕には喜んでいる状況がまるで分からなかった。
僕が不思議そうに野口くんを見ていたら、ジミ子がこっそり耳打ちをしてくれた。
「彼の実家、ヘアカラー関連の会社だったみたい」
……なるほど、それなら納得がいく。
前回の改革で大打撃を受けて、会社が倒産寸前になってしまったのだろう。
髪の色や肌の色の変更は僕が出した案だが、人類を黄緑色から救うには、あの方法以外は無かった。
なんともいたたまれない気持ちになったが、今週のベーシックインカムの導入で彼はなんとかなりそうだ。その点だけは、すこしホッとした。
その日の放課後、僕らはいつも通りハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに立ち寄る。
話題の中心はもちろんベーシックインカムに関してなのだが、これがまた全く盛り上がらない。
「なあ、みんなの家の収入は増えるのかな」
ヤン太がみんなに質問を投げる。
ニュースでおおよその収入とベーシックインカム税の割合は報道されている。
ある程度の収入の額が分かれば、どうなるのかは分かるのだが、親の収入など誰もしらない。
「どうなんだろうね」
ミサキが興味なさそうに答える。
するとジミ子が、
「働いていない家族が多ければ増えるんじゃ無いの」
もっともな意見を言った。
「うちは、僕と母さんが働いてないから、おそらく増えるかな?」
僕がそういうと、キングとヤン太も答える。
「俺の家は両親がDual incomeだから減るかもな」
「うちは妹がいるから増えるのかな?」
みんな、なんとなくしか答えられない。
まあ無理も無い。高校生が家庭の収支など知っている訳が無い。
この話題はすぐに流されて、漫画やドラマの話になってしまった。
みんなあまり関心の無いベーシックインカムだが、実は僕は大いに期待している事がある。それは姉の事だ。
『働かなくてもお金が入ってくる』
これはまさに姉ちゃんが考えた政策ではなかろうか!
姉ちゃんなら間違いなく、こういった堕落した政策を思いつく!!
この政策が実行されれば、姉は会社を辞めて、ダラダラと家で過ごす事になるかもしれない。
ソファーを無駄に占領する姉は、邪魔そのものだが、あの勤め先を辞めてくれれば僕はそれでも構わない。
むしろその程度の被害ですむのなら、一刻も早く会社を辞めてもらいたい。姉ちゃんが会社を辞めれば、おそらく人類は安泰だ。
僕がニヤニヤと笑っていたら、ミサキが
「何か良いことでもあった?」
と質問してきた。
「うん、そうだね。良い事が起きるかもしれないね」
僕は期待を込めた返事を返す。
この日は適当な雑談をしてから、解散となった。
それぞれの家に帰っていく。
家に帰ると、既に姉ちゃんが帰宅していた。もしかしたらもう会社を辞めたのだろうか?
だが、姉が僕に声を掛けてくる事はなかった。
いつも通り、風呂に入って、夕食を取り終えると、家族全員の前で姉ちゃんが真剣な顔をしてこう話を切り出した
「ちょっと重大発表があります。今日の改善政策の発表は見たよね?」
おっ、もしかして会社を辞めたことを発表するのだろうか。
あんな会社だが、やはり『辞めた』とは言いづらいのかもしれない。
姉ちゃんが少し難しい顔をしている。
「実は私ね……」
姉が言いにくそうに、小さなカードを取り出した。
それを家族全員に配る。
その小さなカードは名刺だった。そこには
『プレアデス星団 地球改善政策実行委員 秘書室長 笹吹 あやか』
姉ちゃんの名前が入った名刺だ。
……なぜ、このタイミングで名刺を出してきたのだろう?
困惑している僕に、二枚目の名刺が差し出された。
『プレアデス星団 地球改善政策実行委員 秘書室長 兼
プレアデス星団 ロボット人材派遣会社 最高経営責任者 笹吹 あやか』
「……これは何?」
僕が姉ちゃんに質問すると、とびきりのドヤ顔でこう答えた。
「姉ちゃん、子会社の最高経営責任者に就任したんだよ。ロボットの人材派遣の部門を任されちゃった。どうよ、すごいでしょ」
終わった、人類は滅んでしまうかも……




