ハリウッドスター来襲 11
ザシャさんとお年寄りの集団が、温泉街を練り歩く。うどん屋、焼きだんご、蒸したての『おやき』。様々な物を食べながら、街の中を進んでいく。
ちなみにザシャさんはホログラムを解いて、本来のサメの姿のまま、街を歩いている。大型の空飛ぶサメを単体で見かけたらパニックになりそうだが、今は周りにお年寄り達が群がり、和気あいあいと楽しそうに会話しているので、襲ってくる心配は無いと思えるだろう。
おやきを食べ終わり、村で採れたハチミツの掛ったフレンチトーストを食べている時だ。スーツ姿の人物と警察官が、どこからともなくやってきて、ザシャさんの前に立ち塞がる。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」
「良いですよ。何かご用ですか?」
警察官が出てきたので、僕は少し緊張してきた。何か注意をされるのではないだろうか……
身構えていると、スーツ姿の人物が、名刺を出しながら言う。
「私は、この村の観光事業部の課長ををやっておりまして。年々、少なくなっていく観光客を、どうにか食い止めなければと、色々と企画を実行してきましたが……」
そう言って、ノートパソコンの画面を見せてきた。そこには、右肩下がりの折れ線グラフがあった。
スーツ姿の人物は、ため息を吐きながら、話を続ける。
「このように、結果は芳しくなく、温泉街はごらんのありさまです。どうかこの村の再興に、お力を貸してはいただけないでしょうか?」
僕は肩の力が抜けた。何かを注意される訳では無く、どうやら、村の宣伝にザシャさんを使いたいらしい。
観光事業部の課長が話を持ちかけると、周りのお年寄り達が声を上げた。
「ザシャさんは休暇で来られておるのじゃ、広報の話を持ちかけるのは不躾ではないかの」
「そうじゃ、そうじゃ。休暇中に仕事の話などするもんじゃない」
お年寄り達は、ザシャさんにゆっくりとすごしてもらいたいようだ。お年寄り達の反発に、観光事業部の課長が、悲痛な表情を浮かべて切り返す。
「では、みなさんは、どうやってこの温泉街を再興させようと考えていますか? ハリウッドスターが来るなんていうチャンスは、滅多に訪れません。これをのがすと、次の機会は訪れるかどうか……」
「そ、それは、そうじゃが……」
周りのお年寄り達が落ち込んでしまった。
暗くなった雰囲気をザシャさんが打ち壊す。
「そんなに気落ちしなくてもいいわよ、宣伝に私を使っても良いわ」
「「「うおぉ!」」」
お年寄り達から歓声が上がるのだが、しばらくして課長さんが、恐る恐るザシャさんに質問をする。
「使用許可を認めてもらえて嬉しいのですが、その…… ギャランティーの方は幾らになりますでしょうか? うちの貧乏な村に、巨額の使用料が払えるかどうか……」
すると、ザシャさんがニッコリと笑って答える。
「無料でも良いわよ。ただし、私のわがままを少し聞いてもらえればね」
「「「うおおぉぉ!!!」」」
お年寄りとは思えないほどの、歓声が沸き上がった。みんな笑顔で喜んでいる。
歓声の中で、僕がザシャさんに疑問をぶつける。
「『わがままを聞いてもらえれば』と言ってましたけど、どんな内容なんですか?」
僕が質問をすると、周りの歓声が収まった。
「そうじゃ、どんな『わがまま』なんじゃろう?」「わしらがかなえられる『わがまま』なんじゃろうか?」
少し不安になるお年寄り達を、なだめるようにザシャさんが言う。
「ここの料理は美味しかったけれど、アメリカ育ちの私には、少し物足りない部分もあったのよね。そこの部分を改善してもらえると、もっと良くなると思うの。若い人達にもうけると思うわ」
「どこが物足りませんでした?」
僕が聞くと、ザシャさんは考えながら答えてくれる。
「おやき、はちょっとサッパリしすぎていたかしら。私としては、もうちょっと脂っこい方が良いわね」
ジミ子が改善案を提案する。
「それなら、中にバターを入れてみてはどうでしょう? アメリカ人はバターが好きな人が多いと聞きました」
「良いわね。他にもアイデアはないかしら」
キングがスマフォでアメリカのカラフルなケーキを見ながら言った。
「うどん、白だけだと地味だから、7色の虹色に染めてみたらどうだろうか?」
「そうね、それだと、映える写真も撮れそうだわね。採用しましょう」
ザシャさんが満足そうに答えると、ヤン太がこんな提案をする。
「焼きだんご、揚げてから、ケチャップとマスタードをつけてみたらどうです?」
「アメリカンな味付けもありだと思うわ。試してみましょう」
続けてミサキがこんな事を言う。
「温泉まんじゅう、私にはちょっと甘さが足りなかったので、上からさらにハチミツを掛けてみてはどうでしょう」
「確かにアメリカ人には甘さが足りないかもしれないわね。良いアイデアだわ」
みんながそれぞれアイデアを提案すると、ザシャさんは僕に向って言う。
「あなたは、何か良いアイデアは無い?」
「えーと、食べ物では無いんですけど、こういった地域復興には、マスコットキャラクターがつきものです。ザシャさんをモデルとした、マスコットキャラクターを作れば、人が呼べるんじゃないでしょうか?」
「そうね。私のキャラでどれだけ人が呼べるか分らないけど、とりあえず、やれるだけの事はやってみましょう。どこか打ち合わせが出来る場所はないかしら?」
すると、観光事業部の課長さんが、みんなを誘導する。
「こちらに集会所があります。そこで会議をしましょう」
この後、全員で集会場に行き、様々なアイデアを出し合った。ザシャさんが居る事で、古くさい固定概念が外れ、普通では考えられないようなアイデアも飛び出す。
せっかくの休暇なのに、こんな会議に付き合わせるのはどうかと思っていたのだが、無理に中断させるのも悪いので、僕はなりゆきに任せる事にした。
会議は遅くまで続き、ザシャさんの休日は終わってしまった。
空飛ぶバスで、姉ちゃんの会社まで送り、別れ際の時、僕はザシャさんに謝る。
「休日なのに、仕事の会議みたいな事態になってしまって申しわけありませんでした」
「あら、そんな些細な事を気にしないで、今日はユニークな体験で、とても楽しめたから。また機会があれば、日本の案内をよろしくね」
そう言い残すと、颯爽と転送ゲートをくぐり、アメリカへと帰っていった。休日が潰れたというのに、文句ひとつ言わずに立ち去る。格好いい、さすがハリウッドスターだ。
ちなみに、この日に行った温泉街は、後に『温泉ジョーズランド』という名前でオープンして、大繁盛する事になる。




