ハリウッドスター来襲 10
ゲートボールを終えた、お年寄りの集団が温泉へとやってきた。
ザシャさんの影を見ると、近寄って言って声をかける。
「こっちに来て、いっしょに世間話でも…… なんじゃあ、どうなっとるんじゃあ!」
ザシャさんはホログラムで人の姿になっているので、1.5メートル以内に近づかなければ正体はバレない。お年寄り達とザシャさんとの距離は3メートル以上はあるのに、叫び声に近い声があがった。
不思議に思いながら、僕も近づくと理由が分った。ザシャさんのホログラムはちゃんと投影されていたのだが、まるで透明で巨大な風船があるように、周りの水がザシャさんを避けるように押しのけられている。
水の無い部分は、ザシャさんの本来の体の部分だろう。体がおしのけた水の部分まで描画するようには、ホログラムの設定がされていなかったようだ。
僕が近寄り、つぶやくように言う。
「ザ、ザシャさんバレてるみたいです」
「……しょうがないわね。正体をばらすと、お年寄りには心臓に悪いでしょうから、空を飛んで逃げようかしら」
そこまで言うと、お年寄りの1人が、何かに気がついたように大声を上げる。
「その名前…… くぼんだ水の形…… 空を飛ぶと言えば、もしかしてハリウッドスターの『ザシャ・ジョーンズ』なのか?」
ずばり名前を言われて、ザシャさんが驚く。
「あら? 私の事を知っているの?」
「もちろん知っとるよ。儂は『ジョーズvsキンクコンク』時代からのファンでな」
すると他のお年寄りからも声が上がる。
「『ジョーズ・逆襲編』良かったぞ」「わたしゃ『ジョーズ・ウォール街を行く』が好きだったわ」
どうやらお年寄り達も、ザシャさんの事を知ってるらしい。日本人はいったいどれだけ昔からサメ映画を見続けていたのだろうか……
ファンだと知って、ザシャさんの機嫌が良くなる。
「分ったわ。じゃあ、今から正体を現すから、おどろかないでちょうだいよ」
「大丈夫じゃ」「平気じゃよ」
「ホログラム、オフ。コレが私の本当の姿よ」
ホログラムが外れて、巨大なサメが現われる。
「おおっ、本物のザシャさんじゃ!」「ハリウッドスターに会えるなんて、長生きはするもんじゃのう!」「よければサインなど、頂けないじゃろうか?」
「良いわよ、ファンは大切にしなくちゃね」
温泉を出て、お年寄り達の記念撮影やサインに応える。
「長生きはするものじゃ、まさかハリウッドスターのサインがもらえるとはのう」
「これは我が家の家宝にせんとな」
サインをもらって、満足そうなお年寄り達の中から、こんな声があがった。
「ザシャさんに何かお礼がしたいんじゃが、うちの村には大した物がなくてのう」
「そうじゃのう。名物といえば、『温泉まんじゅう』と、野沢菜の『おやき』くらいなもんじゃな」
「ザシャさんは肉食じゃから『温泉まんじゅう』や『おやき』なんて食わんじゃろ」
お年寄り達の会話に、ザシャさんが口を挟む。
「『温泉まんじゅう』は食べたわよ、おいしかったわ。『おやき』はまだ食べていないけど、おいしそうだから試してみようかしら?」
ザシャさんが地元の名物を褒めると、お年寄り達の郷土愛に火がついたようだ。
「それじゃあ、これから食べに行かんかね?」
「『おやき』だけじゃ飽きるじゃろ。そういえば、坂の上のうどん屋には食べたかね? あそこのうどんは絶品じゃ」
「それなら、あそこの蕎麦も進めんと?」
「村はずれの牧場のアイスはどうかの?」
お年寄り達がもりあがっている中で、ひとりのお婆さんが、みんなをなだめるように言う。
「ザシャさまはハリウッドスターじゃ、忙しいんじゃないのかね?」
すると、ザシャさんは気さくに答える。
「大丈夫よ。今日はオフの日だから、この後の予定は無いから平気よ。みなさんさえ避ければ、一緒に巡りましょうか?」
「「「うおぉぉぉ」」」
お年寄り達がさらに沸き立つ。そして、ザシャさんの案内を開始する。
「一番、近いのはうどん屋じゃな」
「こっちに行きましょう、歩いておよそ3分の距離ですじゃ」
「はい、それじゃあ、行きましょうか」
こうして、巨大な空飛ぶサメと、それを取り巻くお年寄り集団という、訳の分らない集団が出来上がった。




