ハリウッドスター来襲 9
温泉まんじゅうを買った僕たちは、そのままメインストリートを進んで行く。
階段を降りて行き、河原に降りると、目的の『100畳の大浴場』へとたどり着いた。
温泉は、受付の小さな小屋と、ぼろぼろの目隠しの囲いがあるだけの、簡素な施設だった。
温泉に入る為に、僕が代表して受付をする。
「すいません、高校生を5人、大人を1人でお願いします」
「はい、高校生はひとり200円、大人は300円で、合計で1300円ですね」
想像した値段より、だいぶ安い。思わず本音が口から出る。
「ずいぶん安いですね」
「ええ、安いかわりに洗い場が無いんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ところでタオルと水着のレンタルはありますか?」
「ありますよ。ひとり150円の追加になります」
「では、これでおねがいしますね」
「まいどあり。湯船に入る前には、かけ湯をお願いします。あと、奥の方は深くなっているので注意して下さい。それでは、ごゆっくりどうぞ」
受付の人から諸注意を言われる。水着を受け取ると、僕らは中へと入って行く。
入り口ののれんをくぐると、そこはもう脱衣所だった。この脱衣所は、棚にカゴが置いてあるだけで、ロッカーなどの近代的な設備は全く無い。更衣室も、カーテンの布がかかっているだけで、個室と呼べるような物は無かった。
キングが周りを見渡しながら言う。
「なんか、時代劇に出てくるような風呂だな」
「本当ね。鍵とかついていないけど、盗まれないかしら?」
するとヤン太が言う。
「まあ、宇宙人が監視しているから、盗まれても平気だろ。さっさと着替えて入ろうぜ」
僕たちが着替え始めようとすると、その横を、着替える必要の無いザシャさんがすり抜けて行く。
「先に行ってるわね」
「あっ、他の人に見られないようにして下さいね。近くによると、ホログラムが消えてしまうので」
僕が注意すると、ザシャさんが鼻で笑いながら答える。
「大丈夫よ。他のお客さんは居ないハズだわ。カゴに他の人の服が入っていないもの」
ザシャさんに言われて、あらためて周りを見直してみる。確かに、僕たち以外は人が来ていないみたいだ。
「そうですね。大丈夫そうです」
「では、失礼して、先に行かせてもらうわ」
他に人が居なくて助かった。これなら、僕らものんびりとできそうだ。
入り口で掛け湯をしてから、露天風呂に突入する。
『100畳の大浴場』と言われる露天風呂は、想像以上に大きかった。風呂というよりプールだ。広さは、学校の25メートルプールの半分くらいはあるだろう。
「ひゃっほう、泳ぐわよ!」
ミサキがそう言って、飛び込もうとしたので、僕があわてて止める。
「ダメだよミサキ、お風呂で泳いじゃ」
「でも、泳いでいる音が聞えるわよ」
ミサキはそう言いながら、露天風呂の奥を指さす。
奥は湯煙でよく見えないが、ザバァンザバァンと人間では出せないような豪快な音を立てて、高速で泳いでいる生物がいる。間違いなくザシャさんだろう……
泳いでいるザシャさんを止めようかと思ったのだが、他にお客さんが居ないのであれば、放っておいても平気だろう。あまり気にせず、僕たちは僕たちで、露天風呂を楽しむ事にした。
「まあ、僕たちも入ろうか」
「それじゃあ、行くわよ!」
僕が言うと、ミサキが真っ先に飛び込んだ。ザッパンと飛び込む音がした後に、ミサキが感想を言う。
「ちょっとぬるいわね、この温泉」
「どれどれ、あっ、本当にぬるいわね」
ジミ子がゆっくりと入り、ミサキと同じ感想を言う。僕も続いて入るのだが、確かにぬるい。温泉プールよりは暖かいが、体が温まるほどの温度はなさそうだ。
みんなでぬるいお湯に浸かっていると、ヤン太が何かに気がついたようだ。バシャバシャとお風呂の中を移動していく。
「おーい、こっちに来てみろよ。他の場所より、少し温かいぜ」
「本当か? おっ、他より温かいな。みんなも来いよ」
ヤン太とキングの方向へ移動すると、確かに温かい。どうやら近くにお湯が出てくる場所があり、この周囲だけ温度が高いらしい。
僕が独り言のように言う。
「湯船が広すぎて、湧きだし口から離れると、冷めちゃうのか……」
「これだけ広いのに、適切な温度の部分は、これだけって、もったいないわね」
ジミ子が周りを見渡しながら答える。広大なお風呂なのに、温かい部分がこれだけなのは、もったいない気がする。ちなみにザシャさんは、冷たい温度でも構わないらしく、かなり奥の方から音が聞える。
温かい部分と、ぬるめの部分の境目で、のんびりと温泉に浸かっていると、ざわざわと騒がしい音がして、耳を澄ませるとこんな会話が聞えてくる。
「トネばあさんの、あのショット、すばらしかったわい」
「いやいや、マサキチさんの3打目のショットもなかなかだったよ。はじき出された時の、ヨシゾウさんの悔しい顔ったら」
「今日は負けたけど、次回は負けへんからな」
どうやらゲートボールを終えた、お年寄りの集団がやってきたらしい。
人がやって来ると分り、ヤン太が素早く反応する。
「やべぇ、人が来る前に、ザシャさんを外に連れ出さないと!」
すると、温泉の奥からザシャさんの声が聞えた。
「大丈夫よ、人が来たら逃げるから。少し離れていれば、ホログラムで人間にしか見えないでしょ」
それを聞いて、ヤン太が安堵をする。
「それなら安心です。水の中でザシャさんに追いつける奴なんて居ないですからね」
まあ、ヤン太の言う通りだ。水の中でザシャさんに敵う者は居ない。
ゾロゾロと入ってきたお年寄り達が、僕たちに気がついた。
「おぅ、若い人が入いっとる。旅行で来たんか?」
僕が代表して答える。
「ええ、旅行ですね」
「この街はどうかね?」
「良い所だと思います。落ち着いていて、情緒があります」
「そうかそうか、気に入ってもらえたようで、何よりだ。おや、奥にも、もう1人おるのか?」
そう言って、奥に向って行くと、お年寄りが大声を上げた。
「こっちに来て、いっしょに世間話でも…… なんじゃ、そりゃあ!」
おかしい、ホログラムは1.5メートル以内に近づかなければ、バレないはず。お年寄りとザシャさんは5メートル以上は離れている。
不思議に思いながら、僕も近づくと、驚いた理由が分った。ザシャさんのホログラムはちゃんと投影されていたのだが、まるで透明で巨大な風船があるように、周りの水がザシャさんを避けるように押しのけられている。
どうやらホログラムには、おしのけた水の部分を描画する機能は無かったらしい。さっきまでは、遠くに居たので、全く気がつかなかった。




