ハリウッドスター来襲 7
ザシャさんのリクエストで、温泉へ行く事となった。空飛ぶバスで、日帰りの温泉をやっているホテルへと向う。
空飛ぶバスで、およそ1時間ほど走ると、目的のホテルにたどり着いた。
ホテルは寂れた温泉街の外れにあり、かなり古ぼけた建物だ。
バスを降りて、ホテルを目の前に、ジミ子がぼそりと言う。
「ここ、やっているのかしら?」
入り口のガラスドアの中は薄暗く、営業しているのかどうか分らない。
「隣にある建物は廃墟だよな。あのスナックとかやってないだろう」
ヤン太が隣の建物を指さしながら言う。ホテルも古いが、隣の建物はもっと古かった。スナックが入って居る雑居ビルは、半分ほど朽ちかけていて、建物からは人の気配はしない。
「そうだね、間違いなく廃墟だと思う。とりあえず僕らはホテルの中に入ってみようか」
ホテルの中に入り、フロントへと向う。受付の人に聞こうと思ったのだが、フロントに人が居ない。まわりを見ると電話があって、こんな注意書きの紙が貼ってある。
『ごようのある方は、内線001番まで』
キングがジト目で電話をにらみながら言う。
「大丈夫かここ?」
すると、ザシャさんが答える。
「アメリカだと、人が居ない方式はよくあるわよ。まずは電話してみて」
「分りました。掛けてみますね」
僕が受話器を取り、指定された番号に掛けてみる。しばらくコール音が鳴って、電話に人が出た。
「はい、『ホテル極楽』です。何かご用でしょうか?」
「あっ、先ほど温泉の営業を確認した者なんですが…… ええと、日帰りの温泉はやっていますか?」
「ああ、少々お待ち下さい。今からそちらへ行きますので」
そう言って電話が切れる。しばらくすると、従業員さんがやってきた。
パタパタと小走りでやってきた従業員さんは、僕らに向って話し始める。
「日帰りの温泉の方ですよね、実は今日は他にお客さんがいなくて、お風呂を用意していなかったんです。電話を受けて慌てて用意し始めたのですが…… まだ沸いていなくて出来てません」
説明を聞いて、ミサキが不思議そうに質問をする。
「あれ? 温泉だと温かいお湯が出てくるはずですよね? お湯を沸かす必要なんてあるんですか?」
従業員さんが、フロントの温泉街の案内図を指さしながら説明してくれる。
「あー、温泉の源泉の近くなら、確かにそうなのですが、うちのホテルは温泉街の外れにありましてね。パイプをつたってお湯が来るまでに冷めちゃうんですよ」
「温め直す必要があるんですね」
「ええ、そうです。それで、お風呂を用意するのに時間が掛るのですが、まだ湯船の半分くらいしかお湯がうまっていないんですよ」
僕が従業員さんに質問をする。
「ええと、お風呂が出来上がるまで、どのくらい時間がかかりますか?」
「あと30分ほどすれば、入れるようになりますね」
「そうですか。うーん、どうします。時間が来るまで、温泉街の散策でもしましょうか?」
僕がザシャさんに聞くと、こんな返事がきた。
「今は湯船の半分くらいしかお湯が入っていないけど。入ろうと思えば入れるのよね?」
この質問に、従業員さんが答える。
「ええ、まだぬるめだと思いますが、入れない訳ではないですね」
「わかったわ。じゃあ、少し早いけど入ってしまいましょう。私は体が大きいから、お湯が少なくても十分だと思うわ」
そういって、僕らにウインクを飛ばしてきた。なるほど、ザシャさんの巨体なら、お湯が半分でもあふれるかもしれない。
「いや、確かにお客さんは体が大きいですが、うちの風呂はそこまで小さくありませんよ」
従業員さんがあきれたように言う。ザシャさんは離れてみれば、ホログラムで2メートルほどの小柄な女性にしか見えないが、実体はあれだ。僕は従業員さんの忠告を気にせず受付をする。
「大丈夫です、6人でお願いします。レンタルのタオルもつけてください。そういえば、ここは混浴ですか?」
「ええ、男湯はただいま閉鎖しておりまして、女湯だけやってます」
「それでは水着のレンタルもつけてください」
「はい、まいどあり。入浴料金が600円。タオルと水着の追加が300円で、ひとりあたり900円ですね」
「じゃあ、6人分、まとめて5400円で……」
僕がお金を払おうとすると、ザシャさんが横から口を挟んできた。
「あら、チップを払ってないわよ。とりあえずチップは100ドルくらい払っておかないと」
チップをもらえると聞いて、それまであまり愛想の良いとはいえない従業員さんが、急に満面の笑みを浮かべる。
「えっ、100ドルももらえるんですか? それはありがとうございます」
ここは日本なので、チップを払う必要は無いが、従業員さんにこれだけ喜ばれると、もう断りにくい。
「えーと、じゃあ、100ドルを日本円になおして。合計でこのくらいで」
「まいどあり! それじゃあ、ボイラー全開で、お湯をガンガン沸かしますね!」
お金を渡すと、従業員さんはタオルと水着を僕らに配り、駆け足で廊下の奥へと消えていく。おそらくボイラー室に行ってお湯を沸かすのだろう。風呂場も近くにあるはずなので、僕らも後をつけていく。
薄暗い廊下を進み、案内板に従って階段を登る。すると、のれんがみえてお風呂場に到着した。
従業員さんの言った通り、元男湯は閉鎖されていて、女湯しか空いていない。僕らは脱衣所で水着に着替えて、浴室へと入っていく。
浴室に入ると、ザシャさんが僕に言う。
「日本では、かけ湯をして、体を清めてから湯船に入るんでしょ?」
「ええ、よく日本の習慣を知っていますね」
「ここのシャワーは人間用で小さいから、1人じゃ上手くできないわ。悪いケドお湯をかけてもらえないかしら?」
「はい。では掛けますね。みんなも手伝って」
5人で力を合わせてザシャさんにお湯をかける。まるで大型車を洗車しているような気分だ。
「さあ、いよいよ入るわよ!」
そういって、ザシャさんは湯船に浸かった。6メートルくらいある湯船は半分ほどしかお湯が入っていなかったが、ザシャさんが入ると少しお湯があふれた。
湯船は人間が入るには十分な大きさだが、やはりザシャさんには小さい。刺身の舟盛りの魚のように、体をひねって収まっている状態だ。
「うーん、なかなか気持ちいいわね。あなたたちも入りなさい」
「……はい、それでは失礼して入ります」
ザシャさんで一杯の狭い風呂の隙間を埋めるように、僕たちはお風呂に浸かった。
従業員さんの言うとおり、沸かしている途中なので、まだぬるい。しかしお湯は柔らかく、肌に吸い付くようになじむ。
確かに良いお湯なのだが、誰かのせいでとても狭い。押し合うようにお風呂に入っているせいで、背中にザリザリとした、独特の肌触りを感じる。
ザシャさんが、うっとりとした声でいう。
「本当に気持ちが良いわね。ちょっと眠たくなって来ちゃった」
眠りそうなので、僕が注意をする。
「寝ないで下さいね。お風呂で寝ると、へたをすると溺れてしまいますから」
「私は溺れないわよ。それに眠ったままでも行動ができるの」
「眠ったままでもですか?」
「半球睡眠と言って、脳を半分ずつ休ませる方法ね。まあ、ここでは眠らないから安心して」
ミサキがうらやましがる。
「半分寝てても動ける凄いですね。私も授業で使いたいです!」
「半分眠っている間は、うたた寝しているのとあまり変らないから、頭を使う作業はできないわよ」
和やかな会話をしていると、ザシャさんが突然、大きく跳ねた。
「あ、熱い! 急にお湯が熱くなったわ!」
ヤン太が出ているお湯を触り、確認をする。
「あー、確かに熱めですね。俺たち日本人は、このくらいの熱いお湯でも平気ですけど、慣れていない外国人にはキツいのかも?」
「あつつ、もうダメ。私は耐えられないわ。先に上がっているわね。あなたたちは、ゆっくり浸かって後で、出てきてね」
そう言って、ザシャさんは飛び出して行った。
ザシャさんが居なくなった湯船は、とても広くなったが、お湯もほとんど無くなった。
しょうがないので、お湯が埋まるまで、体育座りで待っていると、高いお湯の温度のせいか、湯船が埋まる前に限界が来た。
このままではのぼせてしまうので、僕たちも湯船から出る。おそらく従業員さんが『ボイラーを全開にする』とか言っていたので、加減ができていないのだろう。チップをもらって、頑張りすぎだ。




