ハリウッドスター来襲 6
お寺の訪問が終り、僕らは空飛ぶバスの中へと戻って来た。
ハリウッドスターのザシャさんが、次の観光地のリクエストを言う。
「お寺の次は、温泉に行きたいわ。温泉はとてもリラックスができるみたいだから」
「えっ? 温泉ですか?」
僕が聞き返すと、ザシャさんは当然のように答える。
「そうよ、日本にはどこにでも温泉があるのでしょう?」
「どこにでもある訳ではないのですが、たしかに外国と比べれば多いと思います。ザシャさんがのんびりと入れそうな、大きな温泉がないか、ちょっと調べてみますね」
「頼んだわよ、とても楽しみにしていたの」
僕たちは集まり、ザシャさんに聞えないように、小さな声で打ち合わせをする。
「温泉だって、どこか良い場所がないかな?」
僕がみんなに聞くと、ミサキが真っ先に答えた。
「あそこで良いんじゃないかな、私たちが行った人工温泉の施設。ここから近いし、温泉の効能も自由に選べるし」
すると、ジミ子がそれを否定する。
「いや、無理でしょう。あそこは個人用の小さなバスタブがメインだから、ザシャさんが入れるような湯船は無いわよ」
「そっか。それもそうだわね。他の場所を考えないと」
ミサキも納得して、提案を引っ込める。
あの場所は、元は銭湯だったので、3~4メートルくらいの湯船もあるのだが、それでは小さすぎてザシャさんが浸かれない。最低でも7メートルくらいは欲しい所だ。
ヤン太がスマフォで調べながら言う。
「確か、あの銭湯のそばに、でかい温泉施設があっただろ。あそこはどうかな?」
僕もスマフォで調べて見ると、その温泉施設が出てきた。地上4階建てで、温泉だけではなく、レストランに広大な休憩所、それに漫画図書コーナーなども備わっている、一日中過ごせるような立派な施設だ。
湯船も10メートルくらいはありそうで、ここなら問題はなさそうだが、僕が致命的な弱点を見つけてしまう。
「あっ、クチコミにいつも混んでいるって書いてあるね。ザシャさんが人混みの中に現われたら、大変な事にならない?」
「そうよね。ハリウッドスターだから、人に見つかったら大混乱になるわよね」
ミサキが頷きながら答えた。湯船に突然サメが現われたら、みんなパニックになるだろう。この場合、ハリウッドスターかどうかは、関係ない気がする……
「ここなんかどうだろう。あまり人が居なさそうな温泉だぜ」
キングがそう言いながら、スマフォを差し出す。
それは海沿いにある温泉だった。岩場の一部をコンクリートで固めて、大きな湯船を作っている。
波しぶきが掛るほど海に近くに湯船があり、眺めも素晴らしい。海を一望できるロケーションだ。
人も居なさそうで、湯船の大きさも問題ないのだが、ポツリとヤン太が言う。
「この湯船に、巨大なサメが入っていたら、色々と問題にならないか?」
「まあ、確かにそうだな…… 場所がリアルすぎる。他を探すか」
キングがあきらめて、新たな場所を探し始めた。確かに、この場所でザシャさんを他の人に見られたら、全く言い訳ができない気がする。
「そうだ! 貸し切りの温泉の場所はないかな? 貸し切りのお風呂だったら、他の人に見られる心配も無いし」
「それは良いんじゃないか。探してみようぜ」
僕の提案に、ヤン太が賛同する。こうして、全員で貸し切りの温泉を探し始めるのだが……
「あー、貸し切りのお風呂は、ある事にはあるけど、どれも小さなお風呂ばかりね」
ジミ子がスマフォを操作しながら言うと、キングも相槌を打つ。
「そうだな。貸し切りというと、家族風呂がメインだから、2~3人くらいの風呂しかないな」
「うーん、ダメか。他に良い場所はないかな?」
しばらくすると、ミサキが何かを見つけたようだ。
「こんな場所はどうかな? ホテルのお風呂なんだけど、日帰りの温泉もやっているみたいなのよ。人もあまり居なそうよ」
そう言いながらスマフォの画面を見せてきた。
そこは、ひなびた温泉街の外れにある、寂れたホテルだった。20年くらい前に、素人が作ったようなホームページには、湯船の写真が載っていて、確かにザシャさんが入れそうな大きさがある。
キングが自分のスマフォで、このホテルの情報を、さらに調べる。
「ええと、名前は『ホテル極楽』か。 ……クチコミとか、いっさい見つからないんだが、ここは大丈夫なのか?」
ヤン太も不審な目で見つめる。
「そもそも、ここは営業しているのか怪しいな。もう廃業しているかも?」
「ちょっと、問い合わせてみようか」
僕が連絡先を見ると、メールやトゥイッターなどの連絡先は無く、電話番号があるだけだった。
他の連絡手段がなさそうなので、電話をかけてみると、コール音はするのだが、誰も電話に出てこない。
「うーん、留守なのかな?」
すると、ジミ子が言う。
「いや、ホテルが留守って事はないでしょ」
「それもそうか。じゃあ、もう営業をしていないのかな……」
そんな事を言っていたら、ガチャリと音がして、電話に人が出た。
「はい、こちら『ホテル極楽』です」
電話に出たので、僕が慌てて答える。
「あっ、ええと、日帰りの温泉を利用しようと思っていまして……」
「はい、いつ頃、おいでになる予定ですか?」
「あー、今から行こうと思うのですが、けっこう遠いので2時間くらいかかるかもしれません」
「まあ、それなら大丈夫ですね。準備してお待ちしております」
「あっ、はい。それでは失礼します」
とりあえず確認ができたので電話を切る。すると、ミサキが直ぐに聞いて来た。
「どうだった?」
「えーと、いちおう大丈夫みたい」
「じゃあ、行きましょうか。私が見つけ出したホテルだから、きっと良いホテルよ。運転手のロボットさん、この『極楽ホテル』って場所に向ってちょうだい」
「了解しまシタ。出発しマス」
目的地を指定されたので、空飛ぶバスはゆっくりと進み出す。
ミサキの選び出したホテルか…… 本当に大丈夫だろうか?




