ハリウッドスター来襲 5
住職の好意で、ザシャさんの厄払いを行なう事になった。
僕らはザシャさんと共に、本堂の中へと入っていく。
廊下を歩いて行き、やがて仏像がおかれている大広間へと通された。
住職が僕らに向って言う。
「ささ、そこら辺の椅子に座って下さい。今から厄払いのお経をあげますので」
仏像と向き合うように椅子が並べられている。ザシャさんは真ん中の方の椅子に座り、僕らは端の方に座る。
この部屋が大きくて助かった。ザシャさんはホログラムでは2メートルほどの小柄な女性にみえるが、実体は6~7メートルはあろうかという巨大なサメだ。小さな部屋なら、この巨体は入り切れなかっただろう。
席に着くと、ザシャさんが、少し興奮しながら、ポツリともらす。
「質素でありながら、神秘的な雰囲気があるわね。面白そうな体験が出来そう」
「面白いかどうかは分りませんが、外国の方には貴重な体験になるかもしれませんな。では、体を楽にして、聞いていて下さい」
住職はそう言うと、チーンと鉄で出来た茶碗を鳴らし、木魚を叩きながら、お経を読み始める。
「はんにゃー、はらーみたー……」
抑揚のない念仏に、ポンポンポンという木魚の音。お経が始まって、1分も経たないうちに、ウトウトとミサキの体が揺れ始める。続いて、ヤン太とキングも揺れ始めた。ジミ子はまるで動かないのだが、もしかしたら体を固定して眠っているのかもしれない。
ふと、となりのザシャさんが気になり、覗いてみると、ザシャさんもウトウトとして、まぶたを半分ほど閉じていた。どうやらお経で眠たくなるのは、外国人でも同じらしい。
長々とお経が続く、10分くらい経っただろうか。スマフォで時間を確認してみると、なんと3分しか経っていない。これは宇宙人の技術なのだろうか? あまりにも経過していく時間が長すぎる。
やがて僕も耐えられなくなり、意識が途切れ途切れになっていく……
「終わりましたよ。起きて下さい」
「ふがぁ、あっ、あれ? もう終わりました?」
ミサキが起こされている声で、僕も目が覚めた。どうやら僕たちは全滅したらしく、住職が肩を揺すって起こして回っている。僕は、あくびをしながら背を伸ばして、眠気を飛ばそうとする。その時だった、住職から「ギャー」という悲鳴があがる。
ここで僕はハッと気がつく。ザシャさんのホログラムは、1.5メートル以内に近づくと解けてしまう。住職はザシャさんに触ろうとして、1.5メートル圏内に踏み込んでしまったようだ。
「あっ、ああ、サ、サメが……」
そう言いながら、腰を抜かす住職。まあ、いきなり目の前に巨大なサメが現われたのだがら無理もない。
そして、タイミングが悪い事に、起きたばかりのザシャさんが、大あくびをする。
「ふ、ふわぁぁぁ」
「ひ、ひあぁぁぁ」
「だ、大丈夫です。ザシャさんは、僕たちに危害は加えませんから」
僕が慌てて引き離そうとする。腰を抜かした住職をひっぱって、1.5メートル圏内から引きずり出した。
距離が離れるとサメの姿が消えて、女性のホログラムに切り替わる。目の前の脅威が消えて、住職が少し落ち着き始める。
「ふー、肝が冷えたわい。なるほど、『ザシャ』という名前は、どこかで聞いた覚えがあったのじゃが、まさかハリウッドで活躍中の『ザシャ・ジョーンズ』様とは……」
「バレてしまったらしょうがないわね。そう、私は『ザシャ・ジョーンズ』よ。今日はお忍びで日本を観光しているの」
そう言って、ザシャさんがホログラムの映像を解く。すると、大きなサメの姿に戻った。
すると住職の目が大きく見開く。
「ふぉう。本物のザシャ様じゃ、私はファンでして、是非とも写真を撮らせて下さい!」
「良いわよ。ファンは大切にしなくちゃね」
住職が一眼レフのカメラを持ち出してきて、ザシャさんとの撮影会となった。
「ザシャ様。うちの御本尊と肩を組んで下さい」
「仏像に手を掛けて良いのかしら?」
「構いませんよ。そう、そんな感じです。今度は場所を変えて撮りましょう」
お寺とサメという奇妙な風景の写真を、住職はパシャパシャと撮っていく。
写真をかなり撮った後に、住職がザシャさんに話しかける。
「なかなか良い写真が撮れました。これを私が独り占めするのは、他のファンに申し訳ない。そこで、この写真をカレンダーにして販売してよろしいでしょうか? 売上げの利益は全て、慈善事業のウニセフへ募金しますので」
「良いわよ、チャリティーね。好きな様に使ってちょうだい」
「ありがとうございます。さて、被写体の美しさに負けないような、素晴らしいカレンダーを作らなくては!」
そう言って、住職はようやくザシャさんを解放してくれた。
どうやらザシャさんの写真でも、一儲けするつもりらしい。この住職、金の臭いに関しては、サメより嗅覚が鋭いんじゃないだろうか……




