ハリウッドスター来襲 1
「あー、困ったわね……」
リビングで姉ちゃんがタブレット端末を見ながら、頭を抱えている。
「姉ちゃん、どうしたの? 仕事でマズい事でもあった?」
すると、姉ちゃんはこう答えた。
「いや、ちがうのよ。知り合いのハリウッドスターがね、今週末に日本で遊びたいって、突然、連絡をよこして来たのよ。この日は外せない会議が入っちゃって、私は付き合えないのよね~」
姉ちゃんの顔は、困った顔というより、ドヤ顔に近い。ハリウッドスターから連絡が来たことを、自慢したいのだろう。
「うーん、でも、本当にどうしようかしら…… そうだ! 弟ちゃん、私の代りにハリウッドスターの接待をしてくれない」
「えっ? 僕が? ハリウッドスターの案内なんて無理だよ、英語とか話せないし」
「大丈夫よ、翻訳機とか用意しておくから。それに、気さくな人だから、余計な気遣いも要らないわ」
「……でも、一人で出来るかな?」
「そんなに心配なら、お友達と一緒にどう? それなら安心でしょ」
「うん、みんなと一緒なら良いかな」
「じゃあ、決まりね、メールで返事を書いておくわ」
こうして、僕が案内役になってしまった。
みんなにお誘いのメッセージを書こうとして、手が止まる。ハリウッドスターとは、いったい誰なのだろうか?
「姉ちゃん、ハリウッドスターって、誰がくるの?」
「うーん、そうね…… そうだ、実際に会いうまで秘密にしておきましょう。その方がきっと楽しいわよ」
「どんな人なのか、せめてヒントだけでもちょうだい。 ……もしかして、あまり有名じゃない人なのかな?」
「いやいや、すっごい有名人よ。少なくても10作くらいは出てるんじゃないかしら。弟ちゃんも何作も見てるハズよ」
「……そんなに凄い人なの?」
「ええ、大スターよ。今年も何本か主役級で出ているわね」
思った以上の大物らしい。でも、ここまで大物だと、誰だか特定できそうだ。
「10作以上で、今年も出てるって事は、まだ現役のスターか…… もしかして、マリトックスのキヌア・リープスとか?!」
「違うわ。ヒントをあげるわね。彼女は人間じゃないの、俗に言う『動物タレント』の出身ね」
「えっ、そうなの?」
「そうよ。『動物タレント』の枠では、断トツで人気者よ。映画に引っ張りだこなんだから」
「だれだろう、分らない……」
「誰でしょうね。まあ、会うまで楽しみにしておいてね」
僕はみんな連絡をする。とりあえず、もっている情報はありのまま、全てを伝えた。
接待役としての参加は、みんなからOKをもらえたが、ハリウッドスターとは、いったい誰なんだろうか? いくら考えても、正解が思い浮かばない。
翌日の放課後。僕らはハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに集まった。レンタルルームを借りて、外部に声が漏れないようにする。話す内容はもちろん、今週末に来るハリウッドスターについてだ。
ミサキが僕に質問をしてくる。
「当日の予定は、どんな感じなの?」
「ちょっと聞いて見るね」
姉ちゃんにメールを投げて、しばらくすると返事が返ってきた。
「ええと、要点をまとめて言うと…… 当日は、姉ちゃんの会社にある、転送装置から来るみたい。あと、空飛ぶバスを貸し切りで用意してくれるって。ハリウッドスターが何かしらリクエストをしてくるから、僕らはそれに答えてくれってさ」
ジミ子が心配そうな顔で言う。
「大スターが来るのよね。私たちが、ちゃんとリクエストに答えられるかしら……」
「姉ちゃんは、『気さくな人』って言ってたから、大丈夫だと思うよ。一応、確認してみるね」
姉ちゃんに、どんなリクエストがあるのか聞いてみると『不明』という答えが返ってきた……
「うーんと、リクエストは『不明』だってさ…… あっ、メールに続きがあった。えーと、例えばハリウッドスターが『神社、仏閣』に行きたいとか言いだしたら、有名な場所でなく、地元の神社や仏閣で良いってさ。あまり人混みの多い場所に行って、周りにバレて騒ぎになっちゃうと困るからだって」
「有名な場所じゃなくて、地元でも良いなら助かるわね。それなら何とかなりそう」
ジミ子が少し安心をする。確かに、よく分らない有名な場所より、地元の案内で良いなら気楽だ。
当日の予定が何とかなりそうだと分ると、ヤン太が話題を変える。
「ハリウッドスターって誰だろうな? 大物スターなんだろ?」
僕が姉ちゃんから聞き出した、少ない情報を思い出す。
「10作以上に出てて、今年も何本か出てるってさ。かなりの大スターだと思うよ」
「でも、動物スターって話だよな。どんな動物だ?」
すると、ミサキが黙っていない。ミサキは動物好きで、動物映画はかなり見ている。
「やっぱりワンちゃんか猫ちゃんじゃない? 圧倒的に出演が多いのは、どちらかでしょう」
ヤン太が納得する。
「確かに、犬か猫かもな。端役として背景に映り込んでいても、おかしくないし」
その意見には、僕が反論をする。
「あっ、でも、姉ちゃんは、端役じゃなくて、主役級とか言ってたね。それなりの役はもらっているのかも?」
「動物タレントで、主役級か…… あまり思いつかないな」
ヤン太が難しい顔をする。いったい誰なんだろうか?
キングがスマフォで調べながら言う。
「動物がメインで有名な映画だと。屋根の上で寝る犬『ヌスーピー』、猫とネズミの追いかけっこ『トヌとジュリー』、絵本が元になっている、青い服を着たウサギ『ビーダー・ラビット』くらいかな?」
ミサキがキングのスマフォを覗き込みながら言った。
「うーん。どれも特徴的なワンちゃんや、猫ちゃんや、ウサギちゃんだから、他の作品に出てたら、私なら分ると思うんだけどな……」
「そうだな。10作品以上に出てるスターとなると、いくつかは分りそうだけどな」
キングが映画のポスターの画像を見比べながら答える。だが、そこに同じ犬や猫やウサギは居なそうだ。
ヤン太が正解を思いついたようだ。
「そうだ。馬なんじゃないか? 馬だと、西部劇とかに出てくるだろ」
この意見には、僕も納得する。
「確かにそうだね。サポート役で、主役とは言えないかもしれないけど、ある程度は重要な役だし」
この答えは、正解だと思ったのだが、ジミ子が痛い所をつく。
「でも、今回の来日は、周りにバレないように観光をする、『お忍び』なんでしょう。馬だと、大きすぎて、周りにバレずに巡るなんて無理じゃないかしら?」
「ああ、それもそうか…… じゃあ、いったい、どの動物なんだろう?」
この後、色々と話し合ったが、結局、正解らしき答えは出てこなかった。
動物タレントが分らないまま、僕らはその日を迎える。
当日になり、僕たちは姉ちゃんの会社の前に集まった。
時間がくると、どこだってドアがある会議室に通されて、イヤホン型の翻訳機を渡される。
会議室には姉ちゃんが居て、みんなに向って話す。
「今からハリウッドスターがやってくるわ。紹介した後は、すぐに会議に行かないと行けないからよろしくね」
「はい、任せて下さい!」
ミサキが大きな声で返事をする。ハリウッドスターが犬か猫だったら、撫で回しそうで心配だ……
「では、呼ぶわよ。転送ゲートオープン」
この会議室には、2つの転送装置がある。1つは『どこだってドア』、もう1つは、天井にある巨大な転送ゲート。姉ちゃんが叫ぶと、天井にある転送ゲートの方が光り、中から大きな物体が出てくる。
それは巨大なサメだった。空中をまるで水の中のように優雅に泳ぎ、姉ちゃんがニコニコと笑顔で紹介をする。
「空中を泳ぐサメ。ザシャ・ジョーンズさんよ。宇宙人の技術で空中を泳げるようになっているわ。もちろん呼吸も問題ないわよ」
巨大なサメが僕らに語りかける。
「アヤカから話はきいてるわ。わたしの事は、気軽にザシャって呼んでね、今日は一日、よろしくね~」
「よ、よろしくお願いします」
僕は、深々と頭を下げて挨拶をする。しかし、サメだったとは……
確かに、サメ映画は、毎年のように、たくさん作られているので、10作以上の作品に出ていてもおかしくはない。




