火星でお出迎え 2
姉ちゃんと春藤アナウンサーが、宇宙服を来て、赤い火星の地面の上で、地球からの宇宙船を待ち構える。
「着陸艇が見えてきましたよ」
姉ちゃんが指さした先には、ちいさな点ほどの飛行物体が見えた。
春藤アナウンサーが、双眼鏡を使いながら実況をする。
「今、パラシュートが開きました。速度を徐々に落としながら降りてきます。順調に着陸できそうですね」
姉ちゃんがタブレット端末を見ながら、解説をする。
「ええ。今日は風も無いので、ほぼ、予定通りに着陸するでしょう。ええと、着地までは、およそ7分ありますね」
着地まで少し時間があるので、春藤アナウンサーが間を持たせる為に、姉ちゃんに話題を振る。
「そういえば、アヤカさんはこの日に備えて、特別な準備をしていたんですよね」
「はい。2人いるクルーのうち、1人がワイン好きという話を聞きまして、火星でワインを作って、おもてなしをしようというプロジェクトを実行していました」
「ワインは無事に出来たのですか? 地球から火星まで、およそ2ヶ月間。移動する時間としては長く感じると思いますが、ワイン造りの時間としては、短いのではないでしょうか?」
「ええ、熟成期間などの時間は足りませんでした。そこで科学合成をした添加剤をいれて、強制的に熟成を進めました」
春藤アナウンサーが、渋い顔をしながら聞く。
「……添加剤ですか。大丈夫なんでしょうか?」
「はい、宇宙人の技術を使った添加剤なので大丈夫です、人体に影響もありません。味の方は、添加剤を使ったワインと、時間をかけて造った本物のワインは、ほとんど味が同じらしいです。ワインを作るときにフランスから職人さんを呼んだのですが、その方でも区別がつかないと言っていました」
「ワイン造りの職人さんが分らないとなると、素人の私には分らないでしょうね。早く造れるとなると、安くなるでしょう。美味しいワインが安く出回ってくれるなら、それにこした事はありませんね。おっと、着陸艇がだいぶ大きくなってまいりました」
姉ちゃんと春藤アナウンサーが話している間に、着陸艇が近くまで降りてきた。
着陸艇は、50メートルほどの高さだろうか。ロケットエンジンを、プシュ、プシュと、こまめに吹き出し、姿勢を調整しながら降りてくる。
やがて地面近くになると、ブオオォォと盛大に吹き出し、フワリと地面に着地をした。
しばらくすると、出入り口のハッチが開き、宇宙飛行士が2名、降りてきた。春藤アナウンサーが、興奮状態で解説する。
「宇宙飛行士が降りてまいりました。一歩ずつ、慎重に階段を降りていきます。そして、最後の一段を降りて、今、火星の大地を、しっかりと踏みしめました!」
人類が自力で火星に降り立った。これは歴史的な偉業と言えるだろう。
春藤アナウンサーが、降りてきた2人の宇宙飛行士にインタビューを開始する。
「おめでとうございます。今のお気持ちはいかがでしょうか」
「いやぁ、大変でしたよ、宇宙船は狭くってね。なあダリア」
「そうね。あんな狭い場所に2ヶ月間も閉じ込められるのは、想像以上のストレスだったわよね。ジェームス」
2人の会話を、春藤アナウンサーがフォローする。
「視聴者のみなさまには、室内がどれほど狭いか伝わりにくいと思います。こちらのVTRをどうぞ」
映像が切り替わると、そこは宇宙船の船内だった。宇宙空間を航行している時の映像らしく、無重力で、2人が漂いながら、カメラに向って手を振っている。
意外と楽しそうな光景なのだが、船内はかなり狭い。おそらく3~4畳ほどしかないだろう。
VTRが終り、映像が中継に切り替わると、ジェームスさんが少しおどけて言う。
「あとは『退屈』が最大の敵だったな。2ヶ月の間、暇すぎて死にそうだったよ」
すると、ダリアさんが、あきれたように答える。
「まあ、航行中に何もトラブルが無かったから、暇だった訳だけどね。船内に持ち込んだ、ネンテンドー、スウォッチが、大活躍だったわ」
狭い船内に閉じ込められるのはイヤだが、ゲームをして給料がもらえる環境はうらやましい。
ジェームスさんが、周りを見渡しながら言った。
「しかし、もっと大規模な歓迎をされると思っていたんだが、意外と質素と言おうか……」
「失礼よ、ジェームス」
ダリアさんがすぐに注意する。すると、姉ちゃんが出てきて、なだめるように言う。
「まあまあ、ここは宇宙服が必要な外ですから。中の居住地区の方で、歓迎会の準備をしています。2ヶ月ほど宇宙食だったので、つらかったでしょう。もちろん料理も用意していますよ」
ダリアさんが、目を輝かせながら答える。
「もしかして、美食で有名な火星の料理を味わえるんですか!」
「ええ、まあ、そうですね。それでは行きましょうか」
姉ちゃんが、空飛ぶ自動車を用意しておいたらしい。みんな車に乗り込むと、居住地区の中へと移動を開始した。
減圧のゲートをくぐりぬけ、空気のある居住地区に入った。
居住地区を少し走ると、お祭りをやっているような場所がある。車は、その中央に降りると、停止して、ドアを開けた。
宇宙飛行士の2人は外に出ると、ヘルメットを脱いで、思わず声をあげる。
「すごい、美味そうな匂いが漂ってるぞ」
「あっ、バーベキューをやっているみたい」
バーベキューを焼いている人が、美味そうに焼けた串を差し出した。
「待ってたぜ、ちょうど食べ頃だ。火星刑務所の特製のバーベキューを食べな!」
ダリアさんがすぐに食いつく。
「うーん、おいしい。旨みがあふれ出るわ。これが夢にまで見た火星の料理かぁ」
「本当に美味いな、さらにワインでもありゃあ、最高なんだが……」
ジェームスさんがつぶやくと、他の人がワインを持ってきた。
「これが火星で造ったワインだ。味わってみてくれ」
「おっ、催促したみたいで悪いね。うーん、口当たりも良いし、食事にあう。これは美味いな、どれ、もう一杯」
地球からの宇宙飛行士は、久しぶりのご馳走を、美味そうに食べ始めた。
2人ともワインをそこそこ飲んだのか、ほどよく酔ってきたようだ。
ダリアさんが、ポロッと、こんな事を漏らす。
「このワイン、良いわね。今年のボジョレヌーボより出来が良いんじゃないの?」
「ああ、全くだな。甘みと深みのバランスが、最高に良い」
この会話を聞いていた春藤アナウンサーが、眉間にシワを寄せて、こんな質問をした。
「おかしいですね。お二人が火星に向けて旅立ったのは2ヶ月前。今年のボジョレヌーボの解禁は、10日ほど前で、今年の出来を知っているハズはないのですが……」
思わぬ指摘に、ダリアさんとジェームスさんが固まった。
しばらく二人は目配せをして、やがて、ジェームスさんが申しわけなさそうに語り始めた。
「じつは航行中に、通販サイトのナマゾンで取り寄せたんだ。ワインだけでなく、お取り寄せグルメとかもね。あの宇宙船には、緊急用の『どこだってドア』がついてるもんだから、思わず使ってしまったんだよ……」
「だって、配給された宇宙食が、あまりにもマズいんですもの。あのストレスには耐えられなかったの」
ダリアさんが開き直った。姉ちゃんがあきれながらフォローをする。
「宇宙食は改善が必要なみたいですね。まあ、今後の課題としましょう」
この問題を攻めずに、軽く流した。
いちおう、人類は自力で火星までは行けたが、終着点の火星の基地や、緊急脱出用のシステムは宇宙人に頼っている。
独り立ちして、宇宙を航行できるようになるのは、まだまだ課題が多そうだ。




