火星でお出迎え 1
朝ご飯を食べていると、姉ちゃんが起きて来て、母さんに向って言う。
「母さん、晩ご飯は要らないわ。今日は火星で歓迎パーティーがあるの」
「分ったわよ。会社に新人さんでも入って来たの? 歓迎会を開くんでしょう?」
「いいえ違うわ。地球から火星に来た、宇宙飛行士をお出迎えするの」
姉ちゃんが凄い事を言い出した。
「地球からの宇宙飛行士って、どういう事なの?」
気になった僕が、詳しい話を聞き出すと、こんな質問を返された。
「弟ちゃんは『宇宙人の技術に頼らず、人類が火星を目指すプロジェクト』ってあったの覚えてる?」
「あー、なんとなく、そんな話があった気がする。たしか、世界各国が協力して、火星を目指すんだっけ?」
「うん、そうなのよ。ただ、初めての惑星移動のプロジェクトだから、うちの方でも色々と手を貸したのよね。そうしたら、『そんなに手を貸してしまったらと、それはもう宇宙人の手によるプロジェクトではないか?』って意見が出て来て、マスコミは興味を失ったのか、あまり報道されなくなってしまったのよね……」
僕が姉ちゃんに確認をする。
「でも、基本的には地球人によるプロジェクトなんだよね?」
「そうよ。非常事態の時に着る宇宙服や、緊急脱出用の『どこだってドア』とか、いくつかの装置は、うちが提供したんだけど。エンジンとか宇宙船とか基本的な物は、人類が開発した物なの。まあ、少しはアドバイスはしたけどね」
「それでも凄いじゃない。火星へ着陸する時に、テレビ中継とかはしないの?」
「まあ、一応、国内だと国営放送のNHCが中継するわ」
「NHCが放送すれば、充分じゃないの?」
「それが、NHC総合じゃなくて、教育の方なのよね。微妙でしょ?」
「……うん、それはたしかに微妙かも」
人類が自力で火星に到着するのは、かなりの偉業だと思うのだが、放送するメディアがNHCの教育だけなのか……
宇宙人が来てから、すごい技術を見せられ続けた。こういった技術に対して、マスコミは感性が麻痺してしまっているのかもしれない。
その日の夜。僕はテレビ画面の前で、歴史的瞬間を待ち構える。ちなみに昼間に学校で、みんなにこの事を知っているか聞いてみたら誰も知らなかった。新聞をチェックしてみると、8面目に小さな記事があるだけだ。この取り上げ方なら、誰も知らなくてもおかしくはない。
テレビ番組が始まると、人気者の春藤アナウンサーが画面に映る。金魚鉢のようなヘルメットと、薄手のウェットスーツのような宇宙服を来ていた。火星にはいちおう大気があるので、本格的な宇宙服は要らないのかもしれない。
「私は今、火星の大地の上に立っております。間もなく地球から宇宙船がやってきて、この近くに着陸する予定になっています。今日の天気はいかがでしょうか? 笹吹 アヤカさん」
カメラの向きが横にズレると、そこには姉ちゃんが居た。
「そうですね。今日は砂嵐もなく、非常に良いコンディションだと思います」
「はい、晴天で、空が澄み渡っています。では、ここまでの宇宙船の道のりを説明します、いったんVTRをどうぞ」
画面が切り替わり、VTRの映像とともに、春藤アナウンサーのナレーションが流れてくる。
「今からおよそ3ヶ月前、アメリカ、ロシア、日本、フランス、インド、中国など、13カ国が協力して、火星を目指すプロジェクトが発足されました」
世界地図の画面から、どこかの工場の写真に切り替わった。
「いくつかの国で、火星へ行くための宇宙船の計画がありましたので、その計画を元に宇宙船を作ります。宇宙船のパーツなどは、各国からの持ち寄りで、技術的には地球で作った言っても構いませんが、どの部分にどのパーツを使うのかの指定は、宇宙人の人工知能を使って、ベストな選択をしてもらいました」
続いて、地上の打ち上げのシーンに移る。打ち上げはもちろん成功で、大きなロケットが、あっという間に小さくなっていく。
「こうして製作から、わずか1ヶ月でロケットは完成し、打ち上げに成功します。ちなみに、ロケットのテストや品質チェックは、全て宇宙人側で行なったそうです」
続いて、宇宙を移動しているシーンが、CGで流れてきた。
「打ち上げられたのが2ヶ月前、宇宙船は順調に火星に接近し続け、間もなく到着する予定です」
VTRが終り、春藤アナウンサーと姉ちゃんの2人が映る。
春藤アナウンサーは、素の表情で姉ちゃんに質問をする。
「ロケットは確かに地球の技術で作っていますが、これって宇宙人が居なかったら出来あがっていませんよね?」
「いや、まあ、ええと、時間があれば地球人だけでも出来たんじゃないかと……」
「各国のプライドとかもありますし、調整はかなり難航すると思うんですけど?」
「…………あっ、ロケットの着陸艇が見えてきましたよ」
姉ちゃんが指さした先には、点ほどのちいさな飛行物体が見えた。人類の宇宙船が間もなく到着するようだ。




