決闘シュミレーター 5
キングと多田くんの試合が終わった。試合と言おうか、キングが一方的に多田くんに関節技をかけていただけだったけど。
まだ戦っていないメンバーは、ミサキと下巣高校の白木くんだ。
「じゃあ、2人とも前に出て」
姉ちゃんが再び試合開始の合図をしようとすると、ミサキがそれを止めた。
「ちょっと待って下さい。この腕のところに『初級モード』と『上級モード』を切り替えるスイッチがありますよね。これって何ですか?」
「ああ、それね。まず、『初級モード』は、文字通り、初心者向けの格闘のモードね。『上級モード』の方は、経験者向けのモードで『痛み』があるの。『痛み』といっても、首筋から電気刺激を送って、擬似的に痛覚を再現しているだけだから、実際の怪我の心配は、いらないけどね」
説明を聞いたミサキが、腕のスイッチをイジりながら、姉ちゃんに言う。
「面白そうですね。これ、『上級モード』にしても構わないですか?」
「いいわよ、もし『上級モード』で戦うのなら、バイト代も少しはずむわ」
「ふふふ、約束ですよ」
ミサキは躊躇無く、スイッチを『上級モード』に切り替えた。
痛みを伴う戦いがあると分ると、ヤン太が白木くんを挑発する。
「白木は『上級モード』にしねぇのか? やっぱり痛いのは嫌だよなぁ?」
「や、やってやらあ。決闘は漢の戦いだぜ! 痛みごとき怖くねぇ!」
白木くんもスイッチを『上級モード』に切り変える。
試合を開始する前に、姉ちゃんが2人に質問をする。
「この『上級モード』、痛みのレベルを設定できるんだけど、どうしようかしら? とりあえず、『小学生の男の子どうしの喧嘩』レベルの痛みにしておくわね」
これを聞いて、白木くんが反論する。
「もっと強くても良いっスよ。俺ら高校生ッスから」
「初めてのテストだから、少し控え目にしましょう。では行くわよ、白木くん、ミサキちゃん、ファイト!」
こうして『上級モード』の試合が始まった。
「えいやぁ」
ミサキが大きく振りかぶって殴る。パンチのスピードはそこそこ速いが、ケンカ慣れした白木くんは、難なく躱し、ミサキの脇腹にジャブを浴びせる。
「うらぁ」
「なんの! えいっ!」
ジャブをもらったミサキだが、あまりダメージはないようだ。先ほどとは逆の腕で殴りかかった。
「うぉっと、危ねぇ」
白木くんはギリギリ避けた。
この様子を見ていたヤン太が、ぼそりと言う。
「痛みを再現しているみたいだが、やっぱり実戦とは違うな」
何が違うのか分らない僕は、ヤン太に質問をする。
「どこら辺が違うの?」
「ああ、本物のパンチをもらうと、痛みで動きが止まるんだ。一時的に呼吸もできなくなって、あんな風に動き続けられない」
ミサキの様子を見ていると、確かにヤン太の言うとおりだ。白木くんに殴られても、平然と動き続けて、まるでダメージが無いかのように感じる。
「うーん、宇宙人の技術でも、本物の痛みの再現は難しいのかな?」
僕がそう言うと、ジミ子がこんな事を言う。
「お姉さんが、痛みのレベルの設定を『小学生の男の子どうしの喧嘩』に設定してたじゃない。痛みの出力が、かなり押さえられてるんじゃないのかしら?」
「確かにそうかもね」
僕は納得した。小学生くらいの威力なら、大した事はないのかもしれない。
ひらりひらりと攻撃を躱してきた白木くんだったが、苦し紛れに放ったミサキの蹴りが、運悪くヒットする。
向こう脛に蹴りを食らった白木くんが、大声を上げる。
「いってぇ、これ、骨が折れたんじゃないか?」
心配をする白木くんに、姉ちゃんが言う。
「大丈夫よ。実際には折れないから」
ここで、ヤン太が不思議そうに姉ちゃんに質問をする。
「いまの蹴り、ミサキの向こう脛と、白木の向こう脛が当ったて、双方に同じようにダメージが入ったように見えたんですけど。ミサキの攻撃だと判断されると、ミサキ側にはダメージは入らないんですか?」
「『痛み分け』みたいなケースね。このシュミュレーターは、実戦のダメージを再現しているから、両方にダメージが行くはずだけど……」
その質問に、ミサキがこう答える。
「たしかに痛いけど、まあ、大した事は無いわ。ダイエットの時の電気風呂に比べればね」
「えっ? どうゆう話?」
意味が分らず、白木くんが僕らに聞いてきた。キングが概要を伝える。
「以前、ミサキが太った時期があって、その時はダイエット効果がある電気風呂に入ったんだ。その電気風呂の効果はすごかったんだけど、かなりの激痛を伴ったらしい。ミサキはそれに耐えきったからな」
「キングさん。つまり、殴ってダメージをあたえても、動きが止まらなかったのは……」
「おそらくミサキが『痛み』に対して、耐性があるんじゃないかな?」
キングが自分の予想を言った。実際はどうか分らないが、ミサキはいつも痛い目にあっているので、耐性がついたとしても不思議では無い。
「痛みがあるのに動きを止めないなんて、バケモノじゃねーか」
白木くんが、あきれながら言うと、ミサキがカチンときたみたいだ。
「言ったわね、じゃあ、我慢比べよ!」
そう言うと、ミサキが突っ込んで、ガシッと白木くんの両手を掴んだ。
お互いの両手が塞がっているので、攻撃を出す事が出来ない。
そう思っていたのだが……
「ふんっ!」
ミサキが頭突きを白木くんに浴びせる。
「い、いってぇ!」
「まだまだよ! ふんっ! ふんっ!」
頭どうしを打ちつけ合う。おそらく2人の痛みは同じレベルだと思うのだが、ミサキは頭突きを何度も浴びせかけた。
ダメージが同じなら、痛みに強いミサキが有利かもしれない。
「ま、マジかよ、いってぇ」
逃げようとする白木くんだが、ミサキがガッチリと押さえて離さない。
「逃がさないわよ」
「コイツ、自分も痛ぇのに正気か!」
白木くんが暴れまくっていると、急にミサキがしゃがみ込んだ。
「ふ、ふおぉぉぅ」
痛みに強いミサキが、動けないくらい痛がっている。
白木くんが、申し訳なさそうに謝る。
「悪い、蹴りが股間に当っちまった」
姉ちゃんがタブレット端末を確認しながら説明する。
「あっ、そっか。『小学生の男の子どうしの喧嘩』に設定したから、ミサキちゃんに男の子の金的なダメージが行っちゃったみたいね……」
白木くんは何度も謝る。
「本当に悪い、まさかこんなに痛みが行くなんて」
「ふん、ぐうぅぅ。ぐおぉぉ」
ミサキはしばらくもだえていた。
痛みに強いミサキでも、男のあそこへの攻撃は、さすがに無理だったようだ。試合はミサキの負けとなった。
この惨劇の後も、僕らは決闘シュミュレーターで遊び続けるのだが、『上級モード』には、誰もしなかった。




