管轄外地域 7
トニー・ジョン博士が、更に見せたい物があると言う。別の選手を連れてきた。
「えー、この野球選手は、今年の後半にスランプに陥ってしまいました。バッティングのフォームが崩れて、全く打てなくなってしまったのです。そこで、コレの出番です」
先ほど、記憶を吹き飛ばしたヘルメットを持ち出してきた。選手にヘルメットをかぶせる。
「分かりました。ここ最近の記憶を消して、フォームを戻すのですね」
福竹アナウンサーがそう言うと、トニー・ジョン博士は目を見開いて否定をする。
「イイエ、違いますよ。この装置で記憶を上書きするんです。ベストな時期のバッティングフォームにね。ポチッとな」
「グアアアァァァ」
ボタンを押すと、患者さんがもの凄い声をあげた。心配そうに聞く福竹アナウンサー。
「あの、大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、心配要りませんよ。バッチリと記憶の上書きができます」
電気を流し終り、ぐったりとする患者さんの横で、博士がにこやかに答える。
「さあ、起きて、バットを振るって下さい。試合の時間ですよ」
博士がペチペチと選手の顔を叩くと、選手が気がついたようだ。
「ん? ああ、もう試合なのか、練習しないと……」
選手はのそりと立ち上がると、渡されたバットを握り、バッティングの体勢を取る。
博士はどこからともなくボールを取り出すと、選手に向って投げた。そこそこ速いボールだったが、選手は難なく打ち返した。
打たれたボールは、ガシャンと窓ガラスを割って、遙か彼方に飛んで行った。
それを見て、博士は満足そうに言う。
「どうです、完璧なフォームでしょ? ホームランバッターの復活です!」
選手は、ガラスの割れる音で、ちゃんと目が覚めたみたいだ。
「あれ? 俺はこんな所で何をやってるんだ? ベースキャンプに戻って、練習をしないと……」
それを聞いて、福竹アナウンサーが、こんな質問をする。
「『ベースキャンプ』という言葉が出て来ましたが、それは、シーズンに入る前の練習場という意味ですよね?」
「ああ、来週から始まるシーズンに合わせて調整中さ。今は3月中旬だろ?」
「今は秋で、シリーズ終盤ですけど……」
選手が変な事を言い始めると、博士が素早くスタンガンで眠らせた。
「どうやら日付の記憶も上書きしてしまったようですな。まあ、問題はありません。こちらの選手はお帰りだそうだ」
部下に選手を預けると、選手はどこかへ連れて行かれた。博士は気にせず会話を続ける。
「そうそう、ちなみに、経験の無い人間にも、記憶を新たに植え付けられます。ちゃんとしたフォームなら、100マイルの速球を投げる事だって夢じゃない。どうです、アナタも試して見ませんか?」
博士は福竹アナウンサーに話を振る。
「100マイルと言うと、時速、およそ160キロですよね。凄いと思いますが、私は止めておきます」
断る福竹アナウンサーを、意外な人物が説得する。警官のミシェルさんだ。
「試しにやってみれば良いんじゃないか? 100マイルのボールが投げれられルようになるんだぜ。まあ、記憶は少し吹っ飛ぶかもしれないが……」
「それが怖いんですよ。それに私が完璧なフォームで投げたとしても、160キロは出せないでしょう。プロ野球選手とは体格が違います」
確かに華奢な福竹アナウンサーの体格では無理だろう。ところがトニー・ジョン博士がこんな事を言い出した。
「大丈夫ですよ。簡単に投げられるようになります」
「いやいや、それは無理でしょう。筋肉なんてほとんど、無いんですよ」
否定をする福竹アナウンサーを、またもやミシェルさんが説得する。
「やってみれば良いじゃないか? こんなチャンスは滅多にないぞ」
「嫌ですって。そんなに言うなら、ミシェルさんが受けてみてはどうです?」
「俺が? まあ、俺は構わないけど」
その一言を、博士は聞き逃さなかった。
「では、警官のアナタ。さっそく施術をやってみましょう」
トニー・ジョン博士が満面の笑みで言った。ミシェルさんはどうなってしまうのだろうか……




