管轄外地域 5
福竹アナウンサー達は、フリーマーケットのエリアを抜けて、スタジアムの中の通路に出る。そこには、売店、カフェ、レストラン、喫煙所などの施設が並んでいた。
どこにでもありそうな施設だが、なにやら様子がおかしい。
福竹アナウンサーが、警察官のミシェルさんに聞く。
「すいません、あの喫煙所、少しおかしくないですか? 喫煙者がみんな恍惚とした表情をしていますよ」
「ああ、あれはマリファナだろう」
「……あちらのレストランでは、注射器を手にした人が居るんですが」
「おそらくコカインか、それとももっとヤバい薬か。まあ、どっちにしろドラッグの類いだろうな」
ミシェルさんは、さも当然とばかり答えた。やはりこの街は普通ではない。
「警官なのに逮捕しないんですか?」
福竹アナウンサーが聞くと、ミシェルさんは手のひらを上にして、『お手上げ』のポーズをとりながら言った。
「捕まえても、すぐに証拠を隠滅しちまうんだよ」
「麻薬をやれば、試薬で薬物反応とか分かるでしょう?」
「いや違うぞ。ああ、知らないのか? そう言えば、日本だとドラッグに馴染みがないんだよな?」
「ええ、全く無い訳ではありませんが、普通の人なら、見たこともないでしょうね」
「そうか。じゃあ、少しドラックとエイリアンに関して話をするか」
ミシェルさんは歩きながら説明を始めた。
「エイリアンが地球の政治に関わり始めて、間もない頃の話だ。まあ、アメリカにはドラックの売人が、それなりの数が居たんだが、エイリアンの監視体制の元だと、犯罪行為がすぐに分かるから、次から次へと捕まえて、あっという間に刑務所があふれたんだ」
「そうでしょうね」
「捕まえても捕まえても犯罪者は後を絶たない、あまりにも切りが無いんで、俺たち警察はエイリアンと組んで、根本的な問題解決に着手した。徹底的にドラックの供給源を潰していった。供給源を絶った事で、街からドラックが消えて、末端の売人は消滅したんだ。そうするとまた問題が出てきた」
「なぜです? ドラックは街から無くなったのですよね?」
「ああ、そうだ。供給が途絶えると、今度はドラックに溺れた中毒者どもが暴れ始めた。『ドラックをよこせ!』と、あちこちで大暴れさ。そこで、エイリアンに相談して、中毒症状が無くなる薬を作ってもらった。これで街から中毒者が消えた」
「街からドラックが消え、中毒者も消えた。完全に問題は解決しましたね」
「ああ、確かにそうだったんだが、中毒症状を無くす薬。俺たちは『解毒薬』って言ってるんだが、これが今、この町で新たな問題を起こしているんだ」
ミシェルさんが、レストランで注射を打っている人を指さす。
「例えばアイツ、俺が走って捕まえようとすると、どうすると思う?」
「逃げるんじゃないでしょうか?」
「それは違うな。アイツは、あらかじめ用意しておいた『解毒薬』を打つんだよ。そうすると麻薬の反応が完璧に消え去って、もう薬物反応が出ない。完全な証拠隠滅が出来るのさ」
「……ドラックの成分を完璧に分解してしまう訳ですか。宇宙人の薬が効きすぎるんですね」
「ああ、しかも悪い事に、『解毒薬』で完全に中毒症状から抜けられるから、『ちょっとドラックに手を出してみようか』と、軽い気持ちで始め出すバカが増え始めた」
「なるほど……」
ミシェルさんが苦笑いをしながら言う。
「しかも、今、ドラッグの流通している都市はここだけだ。全米から中毒者どもが集まってきている」
「宇宙人の監視外の街は、ここだけですからね……」
「そういう事だ。ちなみに、上手く解毒薬を打つ前に捕まえても、『軽犯罪は罰金を払えば罪にならない』から、すぐに無罪放免なんだぜ」
「……やってられませんね」
「そういう事だ。俺たち警官がやる気を無くす理由も分かるだろう」
そう言いながら、2人は中毒者がたくさん居るカフェやレストランを通り過ぎていく。この街はもう終わっている。
ミシェルさんは話題を変える。
「ところで、トニー・ジョン博士って知ってるか?」
「ええと、どなたでしょうか?」
「スポーツ医学で有名だった博士なんだが、聞いた事が無いか?」
「あっ、聞いた事はあります。たしか、靱帯を移植して再生させる、『トニー・ジョン手術』で有名な博士ですよね。今、大リーグで二刀流で話題の、太谷翔卒選手も受けた事があるとか」
「ああ、そのトニー・ジョン博士が、このスタジアムのボスなのさ。わざわざこんな場所に居る理由が気にならないか?」
ミシェルさん福竹アナウンサーに問いかける。
「なぜでしょう? 想像もつきません」
なんでそんな有名人が、こんな場所に来ているのだろう?




