懐かしいトイレ 3
ミサキが、男性用の小のトイレで大失敗をしてから、数日が経った。
朝食の食卓で、姉ちゃんが僕に言う。
「そうそう。あの小のトイレ、試しに弟ちゃんの学校に設置する事になったから」
「えっ? アレを設置するの? 大丈夫なの?」
「まあ、機能的には問題ないから平気でしょう。少し改良もしたし」
「どんな改良なの? 詳しく教え……」
そう言いかけると、母さんが止めに入る。
「いまは食事中でしょ。トイレの話題は後にしなさい」
「はい」「はぁい」
この話題はすぐに止めて、なんの変哲も無い天気の会話になった。トイレは、まあ、学校に行ってみれば分るだろう。
ミサキと一緒に学校に行き、教室に着くと、既にクラス中でトイレが話題になっていた。さっそく僕たちも見に行く。
トイレは人であふれていた。人混みの中を覗くと、昨日までは何も無かった窓側の余白のスペースに、小のトイレが2つほど並んで設置してある。元男子には懐かしい風景だが、女子にとっては物珍しいだろう。
みんな、このトイレを見ているだけで使おうとはしない。僕も遠巻きに眺めていると、声を掛けられた。声の主はヤン太とジミ子とキングだ。
「おはよう。あのトイレで用を足した人はいる?」
僕がみんなに聞いてみると、ヤン太がこう答える。
「元男子で2人ほどチャレンジしたヤツがいたな。基本的には俺たちの使ったヤツと同じだと思うが、少し機能が追加されているみたいだ。ズボンを下ろそうとすると、ホログラムのスクリーンで目隠しが現われた」
「へえ、そうなんだ。さすがに女子で使った人はいないよね?」
「それはいないな。使い方を説明した張り紙があるみたいだが、試すヤツは居ないだろう」
「小トイレは使うヤツが少ないけど、あっちの機械は人気があるぜ」
そういってキングが洗面台の横の、空気で水滴を吹き飛ばす、エアータオルを指さした。
ミサキが不思議そうに聞く。
「あれがどうかしたの? 普通のエアータオルみたいだけど?」
「まあ、使ってみろよ」
キングに言われるがままに、僕とミサキは洗面台で手を洗い、エアータオルを使ってみる。すると、手についた水が、一発でスルッと落ちた。普通のエアータオルだと、吹き出し口を何度も往復させなければいけないのだが、これは1回、軽く通過させるだけで、見事に乾燥する。指の間に水滴がまるで残っていない。
ミサキが手を確認しながら言う。
「すごいわね、これがあれば、もうハンカチなんて要らないじゃない」
「確かにそうかもしれないけど、ハンカチは持ち歩こうよ。他の場面でも使うかもしれないんだから」
「まあ、いいじゃない。それより、これ、どうなってるのかしら?」
ミサキが不思議そうにしていると、キングが解説してくれる。
「おそらく小のトイレと同じだろう。空気の流れはもちろん、重力操作とか、牽引ビームとか、色々な技術を使ってるんだと思うぜ」
「ふーん。なるほどね」
ミサキは納得した感じを出すが、理屈は分っていなさそうだ。目が泳いでいた。
登校する人が次々とトイレに押しかけてきて、身動きがとれなくなるくらい渋滞をする。
もはや人の波でトイレを見る事もできない。しょうがないので、クラスに戻ると、しばらくしてチャイムが鳴り、授業が始まった。
朝のホームルームの時に、担任の墨田先生が、トイレの使い方の説明をする。男子は「へー」とか「ふーん」などと、比較的、スムーズに受け入れたようだが、女子は違う。おそらく女子には使われないだろう。
説明が終わると授業が始まり、普段と変らない時間が流れはじめる。
3時間目の授業が終り、4時間目に入ろうとした時だ。
4時間目の授業は、体育なので、みんなトイレを済ましておこうとする。毎週、この時間はトイレが渋滞する。人によっては、わざわざ階の違う、他の学年のトイレに行く人もいるくらいだ。
今日も渋滞するだろうと思い、僕は体操着に着替える前に用を足した。トイレから戻り着替え終わると、こんどはミサキがトイレに行きたがる。
「トイレに行っておきましょうよ」
「僕はもう済ませたよ」
「いいから、みんなで行きましょう」
強引にトイレにつれていかれる僕たち。
トイレに入ると、思いの外、空いていた。その理由はすぐにわかる。元男子が小のトイレを使っているからだ。
個室のトイレは8つ、小のトイレは2つしかないが、小のトイレの方が回転が速い。次から次へと元男子は用を足していく。
これを見たミサキが、また、試してみたくなったようだ。
「私、あっちでやってみるわ」
「大丈夫なの?」
僕が心配をすると、ミサキは胸を張って言う。
「大丈夫よ。二度と同じ失敗はしないわ。『汚名挽回』よ」
それを聞いたジミ子は思わず突っ込んだ。
「それを言うなら『汚名返上』ね。『汚名挽回』だと、また大惨事になるわよ」
「……ま、まあ、平気よ。行ってくる」
そう行ってミサキは小の便器の方に行ってしまった。
小のブースに人が入ると、後ろにホログラムの壁が出て、胸あたりから膝くらいまでを隠す。ごそごそと短パンを脱ぐと、すぐにジョロジョロと音がしてきた。ミサキが豪快に用を足しているらしい。
やがて、出し終わり、体操着の短パンを上げると同時に目隠しが消える。
スッキリしたミサキが僕に向って言う。
「これ、早くて楽ね。昔の男子はいつもこうだった訳?」
「うん、そうだよ」
「良いわね、今度から、こっちを使って行こうかしら」
「分ったから、さあ授業に遅れるから行こう」
ミサキを引っ張るように校庭に連れ出して、体育の授業が始まった。
この小のトイレ、学校や劇場や映画館など、一定の時間に、みんなが駆け込むような施設には良いかもしれない。
体育の授業が終り、昼休みが過ぎて、放課後になった。
誰も居ないトイレで、僕はこの小のトイレを試してみる。
……ところが、なかなか出てこない。体が立ってやる事を拒否しているようだ。
あまりにも出てこないので、結局、僕は個室に入り用を足した。なんの躊躇もなく出せるミサキは、もしかしたら凄いのかもしれない。




