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読書の秋 5

 哲学者ニーチュの本は難解すぎた。読むのをあきらめたミサキは、司書(ししょ)さんに連れられて、小中学生の読書感想文のコーナーに行く。


 目的の本棚にたどり着くと、ミサキは次から次へと本を取り出しはじめた。

 本を手にとって、パラパラとめくり、本棚へと戻す。そのスピードはとても早く、表紙と挿絵(さしえ)のチェックしかしていなそうな気がする。



 やがてミサキは一冊の本を選び出す。


「これがよさそうだから、これにするわ」


 本の表紙には、イギリスに住んでいるウサギが主人公の絵本『ビターラビット』のような、やわらかい水彩画でネズミが描かれている。牧歌的(ぼっかてき)で、とても優しい雰囲気だ。


 ミサキの本を見た司書さんは、こう行った。


「『冒険家たち ガバンと15ひきの仲間』ですね。小学生向けの本ですが、高校生でも充分に楽しめると思いますよ」



 お気に入りの一冊を見つけたミサキは、さっそく自分の電子書籍の端末へと移そうとする。


「すいません、これ、移して下さい」


 紙の本を二冊、目の前にさし出された司書さんは、戸惑いながら答える。


「ええと、おっしゃっている意味がよく分らないのですけど……」


 この電子書籍の端末は販売前で、まだ世の中に出回っていない。ちゃんと説明をしないと、ミサキが変な人だと思われてしまうだろう。慌てて僕が説明をする。


「これは、こんど発売される、電子ペーパーを使った端末なんです。宇宙人の技術を使っていて、ロボットに渡せば内容を書き換えられるんですよ。書き換える所を見てみます?」


「はい、是非(ぜひ)、見てみたいでず」



 3人で受付をしているロボットの所に行きお願いする。すると、先ほどまでは歴史小説だった本が、一瞬で書き換わり、『冒険家たち ガバンと15ひきの仲間』の本が二つになった。司書さんが、目を丸くして驚く。


「本当に変りましたね! これ、電子端末だったんですね! 触ってもいいですか?」


「ええどうぞ。かなり丈夫で、防水性能もあるそうですよ」


 僕がそう言うと、司書さんはベタベタと端末を触り始める。


「手触りは、どう触っても紙ですね。見た目も紙ですし…… ちょっと失礼」


 そういって、司書さんは本のページに顔を突っ込んだ。


「……インクの匂いがしませんね。確かに電子ペーパーのようです」


「そうですか……」


 いつも本を扱っている人でも、見た目や手触りで紙の本と区別がつかないらしい。匂いでは違いが分るみたいだけど、まあ、僕らに判別(はんべつ)は無理だろう。



 ミサキは、電子書籍の端末を受け取り、紙の本を司書さんに返すと、こんな質問をする。


「本の管理は、ほとんどロボットがやっていますよね? 人間のやる仕事って残っているんですか?」


 ちょっと失礼にも思える質問だが、司書さんは真面目に答えてくれる。


「ええ、色々とありますよ。好みの本をお勧めしたり、お客様に言われた本を探しだしたりしますね」



 それを聞いて僕は疑問に思った。


「本を探し出すのなら、ロボットの方が向いているんじゃないですか?」


「ええ、その通りで、著者やタイトルが分っていれば、ロボットの方が早くて正確なのですが、おぼろげにしか覚えていないお客様も多いんですよ。この間は『これでおしまい』とか『これでさいご』のようなタイトルの本、と言われまして、さんざん探して、正解の本が『気がつけば、終着地』というタイトルでした」


「……よく分りましたね」


「探している人と話しているうちに『たしか著者が90歳を超えていた』というヒントが出てきましてね。あれが無かったら正解にはたどり着かなかったでしょう。なかなか大変な作業でした」


 司書さんは苦笑いを浮かべた。ロボットは曖昧(あいまい)な指示だと働いてくれない。こんなぼんやりとした注文では、絶対に探し出せないだろう。



 ミサキが本を抱えながら言う。


「とりあえず、この本を読んでみます。また何かあったら相談に乗って下さい」


「はい、気軽に声を掛けて下さい。いつでもお待ちしております」


 司書さんと別れて、僕らは借りているレンタル会議室に戻ってきた。自分の席に着き、本を読み始める。



 自分の本をしばらく読んでいて、ふと、ミサキの事が気になった。ちらりと横目で見てみると、パラパラと本を読み進めている。小学生向けなので読みやすいのだろう。僕は再び、自分の本に戻った。



 スマフォに設定していたアラームが鳴った。どうやら帰る時間になったようだ。


「そろそろ帰ろうぜ」


 ヤン太がみんなに言うと、ミサキがかすれるような声で返事をする。


「う、うぅ、あんまりだわ。酷すぎるぅ~」


「ん? どうしたのミサキ。本が面白く無かった?」


 僕が聞くと、ミサキは激しく頭を横に振って、否定をした。


「違うの、とても面白かったけど、悲惨だったの。ほのぼのとした絵柄で、仲間がパタパタと死んでいくのよ。もう、可愛そうで……」


 どうやらかなり凄惨(せいさん)な話だったらしい。本の上を見てみると、涙か鼻水か分らない物で濡れていた。



 これを見て、ジミ子言う。


「よかったわね。紙の本だったら、弁償(べんしょう)しなきゃならない所だったわ。さあ、帰りましょう」


 さっさと帰ろうとするジミ子にミサキが食い下がる。


「ちょっと待ってよ。本当に面白かったんだから。そうだ、みんなもこの本を読んでよ! ツカサはどう?」


 そう言って、体液のついた本を差し出して来た。僕はこれを丁重(ていちょう)にお断りをする。


「うん。面白いのが分ったから、本の貸し出しで自分の電子書籍に移していくよ」


 僕が読むと分ると、ミサキはターゲットを変更した。


「そう、じゃあ、ジミ子はこの本を読む?」


「あっ、私も自分の端末に入れてもらうわ」「俺も」「俺もそうするぜ」


 ミサキの本を受け取りたくない僕らは、全員が同じ貸し出しをする。


 なるほど、電子書籍だとコピーをとるように、同じ本を何人にも貸し出せるらしい。ミサキの本も、水洗いをすれば大丈夫だと思うし、確かにこれは紙の本より便利かもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本屋の人は無理難題言われるからさ なお他の仕事でもある模様
[良い点] やはり便利ですな。惜しむらくは実現不可能な技術ということですが。 [一言] ミサキは汚いなぁ(個性)
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