読書の秋 4
みんなが借りてきた本を集中して読んでいると、ミサキが突然、立ち上がった。
「私には、この歴史小説は無理! 違う本にするわ」
「どうして? ルビとウィキペディマの解説で、読めていたじゃない」
僕が指摘をすると、ミサキはこう反論した。
「だって、分らない単語が多すぎて、小説の本文より、ウィキペディマの文章を読んでいる方が多いんだもの。ぜんぜん進まないの」
僕はミサキの開いた小説をチラリとみてみる。すると、ページ数はわずか7ページ目だった。確かにこのペースだと読み終わらないだろう。
「本を選び直すから、みんなで行きましょうよ」
「俺はいいや、この本をよんでいるから」「私も」「俺もだぜ」
ミサキがみんなに呼びかけるが、反応は冷たい。ヤン太、ジミ子、キングとも断ってくる。
ジミ子が、本から視線をそらさずに、適当に言う。
「とりあえず、ツカサと2人で行ってきなさい」
「分ったわよ。じゃあ、行きましょうか」
ミサキに引っ張られて、僕は図書室の方に連れて行かれた。
図書室に入ると、ミサキは借りてきた本を本棚に戻し、新しい本を探し始める。
「うーん、どの本が良いかしら?」
「何かお困りですか?」
僕らが本棚を眺めていると、声を掛けられた。振り返ると、そこには図書館の職員、司書さんが居た。
「ええと、読書感想文を書くために、読む本を探しているのですが……」
僕が素直に目的を言うと、ミサキが余計な事を言い足す。
「どうせなら、頭が良さそうな人が読書していそうな本が読みたいです」
司書さんは、少し考えてから答える。
「うーん、そうですね。それなら、シェイクヌピアかニーチュ辺りはどうでしょう?」
「ニーチュは良いですね。私に合っていると思います」
ミサキがありえもしない事をすました顔で言う。それを聞いて、司書さんは、タブレット端末を取り出し、なりやら調べ始めた。
「あなた方は高校生ですよね。それならニーチュの代表作の『ツァラトヌトラかく語りき』辺りははどうでしょう?」
「あっ、うん。もしかしたら既に読んでいるかもしれませんが、それで良いです」
……このミサキは、僕の知っているミサキとは別人らしい。
「では、こちらへどうぞ」
司書さんの後について、本棚の間を移動する。そして哲学書のコーナーへとたどり着いた。
僕が司書さんに聞く。
「へえ、ニーチュの本って、哲学書なんですね」
「ええ、そうですね。有名な哲学者ですから」
「ミサキ、哲学書だってさ、大丈夫?」
「と、と、と、当然じゃない。高校生なんだから、哲学書くらいは読めないと。どうせ読むなら、本格的なヤツがいいわね」
ミサキは虚勢を張るのだが、それを聞いた司書さんは、ミサキの言葉を真に受けてしまった。
「『ツァラトヌトラかく語りき』は、色々な方が翻訳しています。優しく噛み砕いた訳や、原文に近い硬い感じの訳まで様々ありますが、それなら原文に近いこの本をオススメしますね」
そう言って、イラストも何も載っていない、最も分厚い本をミサキに渡す。
ミサキはページを開けると固まった。僕が横から本を覗いてみると。
『なんじ、偉大な天体よ! なんじ照らす物無ければ、なんじの幸福はいかに?』
いきなり意味の分らない出だしの文から始まっている。
「分りやすい訳の物はどれですか?」
僕が司書さんに聞くと、子供向けのようなイラストがついた本を渡された。
「これなんかが、分りやすいですね」
僕はその本を開いてみる。すると、こんな一文がある。
『太陽よ! あなたの光が照らす物がなかったら、あなたの幸福は何であろうか?』
なるほど、最初に見た本の『偉大な天体』とは、太陽の事なのか。具体的に書いてくれないと、よく意味が伝わってこない。原文に近いのは最初の本なのだろうけれど、あの本を読み進めるのは困難だろう。
ミサキは、この本を持ったまま、固まって動かない。おそらく思考が全く出来ていないのだと思う。
「あの? 大丈夫でしょうか? 体調が優れませんか?」
それを見て、司書さんが心配そうに声を掛けてきたので、僕がミサキの本を閉じて、こんなリクエストをする。
「すいません。中学生向けの本はありますか? 小学生向けの本でも良いですけど?」
「夏休みの宿題向けのコーナーなら、まだ残っているので、そちらで探してみますか?」
「ええ、お願いします」
司書さんに案内されて、僕らは子供向けのコーナーへと移動する。
しかし、さっき見た本。翻訳者であれだけ文章が変るとは思わなかった。




