人体洗浄機 2
電車とバスを乗り継ぎ、僕たちは人工温泉を提供している銭湯へとやってきた。
入浴料は高校生350円。さらに、個人が自由に効能を選べる『カスタム温泉』の料金もはらう。こちらは250円で、合計でも600円しかかからない。
お金を払い、更衣室で水着に着替える。ここは水着をつけて入るルールになっている。女湯と男湯の区別が無くなったので、こういった水着着用のお風呂が増えてきた。
着替えてから浴場に入ると、15人くらいのお客さんが既に居た。
「意外と混んでるわね」
ジミ子が小声で言う。
「そうだね。この間、来たときは、僕ら以外にお客さんは居なかったからね」
僕が答えると、ヤン太が思い出しながら言った。
「確か、近くに大きな温泉の施設が出来て、そっちに客を取られたんだよな」
「でも、これだけ客が入っていれば、大丈夫そうだな」
キングが周りをみながら言う。この銭湯は40人くらいは入れそうな感じだ。お客さんの数は、僕らを入れると20人くらい。半分くらいは埋まっているので、十分にやっていけるだろう。
「そんな事より、人体洗浄機はどこかしら? あっ、あれかも?」
ミサキがそれらしい装置を見つけて、そちらの方に歩いて行くので、僕らも後をついていく。
曇りガラスに覆われた、大きめの電話ボックスのような装置の前に来た。
入り口の上には、『全自動、人体洗浄機』と説明が書かれているので、これに間違いはないだろう。
装置は3台並んでいて、曇りガラスの中に人影は見えない。どれも空のようだ。
「一番に入るわよ」「わ、私も」
ミサキとジミ子が迷わず入って行く。のこり一つの装置を前に、元男子の僕たちは立ち止まる。
「この装置、大丈夫なのか?」
ヤン太が言うと、キングが答える。
「まあ、安全面に関しては大丈夫じゃないか?」
不安を隠せない僕らは、こんな決め方をする。
「ジャンケンで負けた人が入らない?」
「それで行こう」「いいぜ」
僕が提案して、ヤン太とキングが同意した。ジャンケンの結果、僕が負けてしまう。
これなら、勝った人が入るようにした方がよかったかもしれない……
僕は覚悟を決めて、電話ボックスのような人体洗浄機の中に入る。すると、ロボットの声で、こんなアナウンスが流れてきた。
「ドアロックを掛けマス、水着を脱いで下サイ」
カチャリと音がして、ドアに鍵が掛かる。僕は不安を抱えつつも水着を脱ぎ、中に設置されているカゴの中に入れると、再びアナウンスが流れてきた。
「洗浄モードは、『時短コース』『標準コース』『念入りコース』どれにしマスか?」
「え、ええと。『標準コース』でお願いします」
「デハ、これより洗浄を開始しマス」
四方八方から、細かい霧が吹きつけられる。体がうっすらと濡れると、今度はスポンジのついたアームが出てきて、スポンジを回転しながら体を洗う。まるで洗車機に入った車みたいだ。ただ、力の加減は、かなり優しく、軽くなでられているような感覚だった。
体の洗浄が終わると、今度は頭を洗う。シリコンゴムで出来た、ブラシのような物で、頭皮と髪の毛を洗っていく。グイグイと頭皮を押し出すようにマッサージされて、なかなか気持ち良い。
「かゆい所はありマスか?」
「いえ、特にありません」
「デハ、洗浄を終りマス。ススギに入りマス」
霧のようなシャワーと、強い温風が吹き付けられて、あっという間にすすぎと乾燥が終わった。
「終わりまシタ。水着に着替えて下サイ」
僕が水着に着替え終わると、ドアロックが外れ、自動的にドアが空いた。僕はそのまま外に出る。
外に出ると、ヤン太とキングが聞いてくる。
「どうだった?」
「何かトラブルはあったのか?」
「いや、何にもトラブルは無いよ。かなり優しい感じだね。あれ? ジミ子とミサキはまだ出てこないの?」
「ああ、そうなんだ。あいつらの方が先に入ったのに、なんでだろ?」
ヤン太が疑問に感じているようだ。この時間差に、僕は思い当たる事がある。
「そういえば、『時短』『標準』『念入り』みたいにコースを選べたよ。僕は『標準』を選んだんだけど、2人は『念入り』を選んだんじゃないかな?」
「なるほど。色々とコースがあるんだな」
そんな話をしていると、ミサキとジミ子が出てきた。
「2人は『念入り』コースを選んだの?」
「ええ」「そうよ」
僕が聞くと、予想通りの答えが返ってくる。キングがさらに詳しく聞き出す。
「ツカサのやった『標準コース』だと、かなり優しく洗ってくれるらしいんだが、『念入りコース』はどうだった?」
2人に聞くと、まずミサキが答えた。
「かなり強めに洗われたわ、ちょっと肌がヒリヒリするくらい」
それを聞いて、ジミ子は不思議な顔をしながら答える。
「そう? 普通くらいの強さだと思うけど。ただ、とても丁寧だったわね」
全員の意見を聞いて、ヤン太とキングが話し合う。
「『標準』で行くか、『念入り』で行くか、どうする?」
「聞いた感じだと『念入り』でも問題なさそうだぜ」
「じゃあ、せっかく来たんだし、『念入り』で試してみるか!」
2人はそう言って、人体洗浄機の中に入って行った。
およそ5分後。洗い終わった2人が出てくる。
「どうだった?」
僕が聞くと、ヤン太とキングは答える。
「強さは普通だったな」
「そうだな。普通だった」
それを聞いて、ミサキが反論する。
「かなり強く感じたんだけど…… それって、もしかして、私がデリケートだからかな?」
かわいらしく言ったつもりらしいが、ジミ子は相手をしないで話題を変える。
「それより、カスタム温泉の効能は何にする?」
「ちょっと、私の話も聞いてよ!」
僕とキングはミサキに構わず話題を変える。
「僕は肩こりに効くヤツかな」「俺もそうだな」
肩こりをほぐす効能にした。ここの温泉は本当によく効くので、かなり楽になるだろう。
「私は、今回は美肌にしてみようかしら」
「良いわね。今日は私もそうする」
ジミ子とミサキは美肌にする。
「俺は、筋肉を鍛える電気風呂にするぜ!」
ヤン太は電気風呂にした。この間、ミサキがやりすぎて、筋肉ばバキバキになったヤツだろう。
それぞれの温泉にゆっくりと浸かり、足を伸ばす。
その後に、サウナや水風呂など、一通り楽しんだ後で、フルーツ牛乳を飲み、僕らは帰宅をする。
美肌の湯に入ったせいか、ミサキの肌はいつもより透き通っているような気がした。
家に帰ると、姉ちゃんがお酒を飲んでいた。
僕は、ちょっと気になった事を言う。
「今日、人体洗浄機を試してみたんだけど、ミサキがさ『ヒリヒリするくらい強く洗われた』って言うんだ。機械の調整を見直した方が良いんじゃないかな?」
「あー、あの機械なんだけど、体の汚れが酷い場合には、少し強めに力が入るのよね、つまり……」
そこまで聞いた僕は、話を遮るように言う。
「あっ、うん。分ったよ。それなら調整は要らないかもね……」
なるほど、そういう事だったのか。ミサキには、こんど遠回しに伝えておこう。
遠回しだと、ミサキには伝わらないかもしれないけど……




