移動式デパート 5
エスカレーターで上の階にあがると、姉ちゃんが言う。
「こちら7階は、おもちゃ、文房具、本屋の売り場になっています」
それを聞いて、キングがまっ先に反応した。
「おもちゃ売り場は見てみたいな。ゲームなら定価で売っていると思うぜ」
それを聞いて、ヤン太が突っ込みを入れる。
「まあ、家電量販店なら、2割引きで、ポイントも付くけどな」
「でも、他に買う物がないからこの階で使うしかないだろ。この上は8階のレストランフロアだけなんだから」
「まあ、それもそうだな。俺もゲームを買うとするか」
僕らは1万5千円ぶんのデパートチケットをもらっている。この金額をレストランフロアで使い切れるのは、ミサキくらいなものだろう。
おもちゃコーナーに行くと、確かにおもちゃは並んでいたのだが……
ぬいぐるみや積み木など、あきらかに子供用のおもちゃしか並んでいない。
ジミ子が積み木の値段を確認して、驚く。
「この積み木のセット、1万4千円ですって。こっちのウサギのぬいぐるみは1万1千円だわ」
「どうせ買うなら、このちょっと大きい、クマちゃんのぬいぐるみの方がよくない?」
ミサキがそばにあったティディベアを指さして言う。ジミ子は、そのぬいぐるみの値段のタグを見た。
「それ、限定品で3万5千円よ。買うの無理でしょう?」
「……うん、そうね。違うコーナーに行きましょう」
僕らは早々に、おもちゃコーナーから撤退した。
おもちゃの隣にあった文房具コーナーに寄ると、まずは値段をチェックしてみる。
もちろん高い物はあるのだが、シャープペンは150~300円、消しゴムは100~200円くらいの商品がほとんどだった。これなら僕の手に届く値段だ。
「これなら僕らでも買えそうだよ。何か買って行こうかな」
僕が買おうとすると、ミサキがそれを否定した。
「1万5千円もあるんだから、もっと高い物を買いましょうよ。それなら地元でも買えるでしょう」
「まあ、そう言われると、その通りだけど……」
それでも買おうかどうしようか悩んでいると、ヤン太がとなりの本屋を指さして言う。
「買うのは、本屋を見た後でも良いんじゃないか? 本は常に定価で売ってるから、デパートで買っても損はしないだろう」
「確かにそうだね。本屋さんに行って見ようか」
こうして僕は何も買わずに、書籍コーナーへと移動した。
ジミ子が本屋に入ると、探し始める。
「そう言えば、あの漫画の最新刊が出てるはずよね」
その様子を見て、ヤン太が返事をする。
「ああ、あれだろ? 置いてあるとすれば、漫画のコーナーか、新刊コーナーだろうな。おっ、新刊コーナーがあるぞ!」
ヤン太が新刊コーナーを見つけて、そちらの方へ移動をする。ところが、新刊コーナーは、僕たちの想像した物と大きくかけ離れていた。
「なんだこれは? ビジネス書と、ハードカバーの時代劇小説しかないぞ……」
ヤン太が新刊コーナーのラインナップを見て愕然とした。
姉ちゃんがタブレット端末で調べながら言う。
「デパートに来るお客さんは、こういった趣向のお客さんが多いみたいね。漫画のコーナーはこっちみたい」
姉ちゃんに連れられて、本屋の端の方に来た。本棚の一部分には、確かに漫画のコーナーがあるのだが、『まんがで分る、儲かる株取引』『まんがで分る、損をしないFX取引』『まんがで分る、確定申告と節税』など、僕たちの読む漫画とは、あきらかに別のジャンルだ。
ミサキがこの本棚を見て言う。
「絶対にここには無いわね」
「でも、『まんがで分る、儲かる株取引』とか、興味があるわ!」
ジミ子が変な方向に手を伸ばそうとすると、姉ちゃんがハッキリと言った。
「その本は、宇宙人が来る前に発行された本だから、あまり参考にならないかもしれないわね。一流の企業でも、宇宙人の改善制作次第では、株価が暴落する事もあるし……」
「そうなんですね。それでは辞めておきます」
ジミ子は姉ちゃんの言う事を素直に聞いた。宇宙人が来てからは、プロの投資家でも株価が読めなくなっている、素人が手を出すのは危険すぎるだろう。
こうして、結局、何も買わずに、僕らは最上階のレストランフロアへとあがる。
最上階のレストランフロアは、やたらと暗かった。所々でロボットがまだ内装の作業をしている。姉ちゃんは僕たちに向って言う。
「ごめんね。今、営業できるのは、フードコートのお店だけなのよ。お詫びに50円のクーポン券をあげるから、好きなだけ使ってね」
姉ちゃんに連れられて、僕らはフードコートに移動をした。そこには一店舗だけ明かりが点いていて『月面牧場のクレープ屋さん』と看板が掛けられている。
食品のサンプルを見ると、様々なクレープやアイスクリームなどを中心に扱っているみたいだ。
「ヒャッほーう、食べ尽くすわよ!」
ミサキが脇目を振らずに突っ込んで行く。
「とりあえず、いちごクレープと、チョコバナナクレープをお願い!」
ミサキがいきなり二つ同時に頼んだ。ちなみにクレープの値段はトッピングによって変るが、だいたい300~400円くらいが中心だ。そこからクーポン券で50円引かれるので、かなり安い気がする。
僕は『カラメルプリン・クレープ』を頼み、それを受け取ると席についた。一口食べると、ぷるぷるとしたプリンと固めの茶色いカラメルが、見事に口の中に広がる。これはかなり美味しい。
それぞれが注文したクレープを食べながら、これからの話しを少しする。
「このクレープは美味しいけど、1万5千円分のデパートチケットはどうしようか?」
僕がみんなに話を振ると、ジミ子が、こう答える。
「うーん。どうしようかしらね? 正直に言って、何に使って良いのか分らないわ」
「俺も」「俺もだぜ」
ヤン太とキングも、その意見に同意する。確かに、買う物が決まっていない。
僕らが困っていると、姉ちゃんがこんな提案をしてきた。
「それなら無理に使わずに、親にプレゼントするのはどう? これから各社のデパートが全国を飛び回るから、そのうち使う機会もあるでしょう」
「あ、うん。それが良いかも」
僕が賛成をすると、ヤン太がそれに同意した。
「そうだな。無理に使わない方が良いな」
「たまには親孝行してみるか」
「たいした金額じゃないけどね」
キングとジミ子も同じく賛成をする。
「ちょっとクレープのお代わりに行ってくる」
ミサキは…… まあ、残ったデパートチケットを、おそらく渡すだろう。
この日はクレープを食べて解散となった。
家に帰ると、デパートチケットを母さんに渡す。母さんはもちろん喜んでいた。
数週間後、母さんが四越デパートの紙袋をもって、夕方に帰ってきた。
僕は、渡したデパートチケットを何に使ったのか気になった。
「母さん、あのデパートチケットは何に使ったの?」
すると、こんな答えが返ってきた。
「デパートの中に『ファッションセンターしまぬら』があってね。そこで使ったわ。やっぱり『しまぬら』は安いわね」
……どうやら、僕ら親子には、デパートの価格帯は体に合わなかったようだ。紙袋の中には、いつもと変らない服が入っていた。




