移動式デパート 3
1階の食料品売り場、2階の化粧品、アクセサリー売り場を抜けて、僕たちは3階の婦人服売り場へとやってきた。姉ちゃんが、このフロアについて軽く説明をする。
「3階と4階は婦人服の売り場ね。3階は若者向け、4階はシニア向けになっているわ。とりあえずこのフロアを回ってみましょうか」
3階は、ブランドごとに区画が分かれているらしい。『キャルバンクライン』『ポールスニス』『グゥッチ』、ファッションにあまり詳しくない僕でも、聞いたことのあるブランドの店が並ぶ。
「これ、良いかもしれない」
ミサキが店頭に並んでいる服を、手に取って眺める。それは、どこにでもありそうな横縞のワンピースだった。
「うん、まあ、悪くないんじゃないかな?」
僕がそう言うと、ミサキはちょっとその気になる。
「悪くないなら買っちゃおうかしらね。値段は……」
値札を見たミサキは、手に取ったワンピースを、そっと元に戻した。
「どうしたの?」
僕が聞くと、ミサキはこう答える。
「……4万9千円だったわ」
この値段を聞いて、ジミ子が姉ちゃんを問い詰める。
「さすがに、その値段は高すぎません?」
「ここにあるのは、メーカーがつけた定価の値段のはずなんだけどね…… ちょっと他の物もみて見ましょうか」
2万6千円、4万1千円、8万9千円。なかには8千円や9千円の商品もあったが、デザインが酷い物ばかりで、おそらく売れ残りなんだろう。
ヤン太が7千8百円のTシャツを見ながら言う。
「これ、『ウニクロ』だったら1500円くらいで売ってないか?」
すると、キングはこう言った。
「『ファッションセンターしまぬら』だったら700円くらいで買えそうだぜ」
この会話を聞いていた姉ちゃんが、何かをひらめいたようだ。
「ちょっとまってね。四越デパートさんに許可を取るから」
そう言って、どこかへ電話をする。
しばらく交渉の電話をしていたが、どうやら上手く話がまとまったらしい。電話を切って、姉ちゃんが親指を立てながら言う。
「あまりに値段が高すぎたから、フロアを増設して、若者向けの3階には『ウニクロ』のお店、シニア向けの4階には『しまぬら』さんのお店を入れる事になったわ」
これを聞いて、ジミ子が感動しながら言う。
「すばらしいです。値段が高いと思えば、そっちの店で買えばいいんですね」
「そうね。四越デパートさんには、客層が違うから、平気でしょうと説明しておいたわ」
……これは、下手をすると、値段の高い店が、売れなくなって潰れるんじゃないだろうか? 僕はちょっと心配になった。
安い値段の店が入る事になったが、それは先の話だ。今は値段の高い店舗しかない。
そんな中で、姉ちゃんは、こんな事を言う。
「とりあえず、値段の安いコーナーへ行きましょうか。服は無理でも、こっちなら買えるはずよ」
どこに連れて行かれるのかと思ったら、僕らは下着コーナーへと連れてこられた。
白、ピンク、紫。下着としては大胆で派手な物が多い。元男子としては目に毒で、こういう場所は恥ずかしい。
「ツカサにはコレが似合うんじゃない?」
そういってミサキが紫色のレースのパンツを持ってきた。レースの部分は透けていて、大事な部分まで見えてしまいそうだ。
「えっ、これ、見えちゃうんじゃない?」
僕が否定すると、こんどはジミ子が別の下着を持ってくる。
「ツカサにはこっちがお似合いよ。試着してみれば」
それはミサキの物よりダメだった。全てレースで出来ていて、完全に見えてしまう。
「なんで、こんな物を売っているんだろう? うわっ、このパンツ、値段が1万5千円もする!」
この値段を聞いて、ミサキが言った。
「今日のバイト代が、1万5千円分のデパートチケットなんだから、ちょうど良いじゃない」
「買わないよ! 見えちゃうし!」
僕は下着を元に戻して、下着コーナーから離れる。すると、姉ちゃんからこんな事を言われた。
「元紳士服のコーナーは5階なんだけど、そっちへ行ってみる?」
「うん、そうだね。ミサキとジミ子が満足したら行こう」
ミサキとジミ子はしばらく下着コーナーを覗いていたのだが、ある下着を手に取ると、2人とも落ち込んだ。
「2人ともどうしたの?」
僕が声をかけると、ジミ子が涙目で、訴えるように言う。
「これ、胸を小さく見せるブラジャーですって。なんでこんな物を売っているのかしら?」
ミサキも力なく言う。
「ここは、私たちが居ていい場所じゃないのかも……」
「そうね、立ち去りましょう……」
ミサキとジミ子が、心に大きなダメージを受け、僕らは次の階に移動をする。




