建築業の行方 11
立体映像で内装のイメージをつかんだ後は、特種な内装が体験できるというモデルルームに行く。
モデルルームの入り口で、レオ吉くんがみんなに言う。
「このモデルルームは、スリッパと靴下を脱いで素足の方が良いかもしれませんね」
その言葉に、ミサキが反応をする
「もっふもふの毛皮みたいな部屋があるんでしょう?」
「そういう部屋もありますね。それでは中に入りましょうか」
レオ吉くんの指示に従い、僕たちは裸足で室内にあがる。
このモデルルームは、今までのモデルルームとは作りが違っていた。長い直線の廊下が続き、ドアがいくつも並んで居る。
「とりあえず、端から順番に入って行きますか。まずは『コルクの部屋』です」
レオ吉くんが手前のドアをあけて、僕らは中に入る。
「なかなか良いな」
「確かに、これは良いわね」
部屋に入ったヤン太とジミ子は、好感触だったらしく、思わず感想を言う。
何が良いのだろう? そう思いながら部屋に入ると、その理由がすぐに分った。床がほどよく柔らかい。まるでコルクの板の上に乗っているようだ。
レオ吉くんが詳しい説明をする。
「これは、疑似『コルク』の素材を使った部屋です。コルクと同じような堅さの材質ですね。本物のコルクと違うのは、頑丈な所でしょうか。本物は、意外と脆いですからね」
キングが床を触りながら、レオ吉くんに質問をする。
「これは畳みたいに使う感じなのかな。それだったら、俺は畳の方がいいかな」
「この素材の表面を畳表で覆えば、畳と変らない感じで使えますよ。こちらの方が値段は高いのですが、長持ちするので、長期的にみればお得です。さて、次の部屋に行きましょうか」
次の部屋は『水の部屋』と書かれていた。初めは、室内に滝でもあるのかと思ったのだが、入るとすぐに理由が分る。床や壁がブヨブヨで、ウォーターベットの上を歩いているような感触だ。
「ええと、この部屋はウォーターベットと同じような仕組みで出来ています。床や壁の堅さは、ある程度、変えられますね。今は堅めなのですが、柔らかくしてみましょう」
レオ吉くんが部屋の隅についている、ボリューム調整のツマミのようなものを動かす。すると、床がぐにゃりと大きく沈んだ。
「なにこれ、ぐにゃぐにゃする」
そういってミサキは大きく跳ねる。すると、その動きが波のように伝わり、立っていられないくらいの揺れになった。
「ちょっとミサキ、やめて」
僕は膝をついてミサキに言う。しかしミサキは辞めない。
「良いじゃない。これ、面白いよ」
しばらくミサキは波を起こしていたのだが、3分もすると、肩で息をし始める。
「はぁ、はぁ、疲れた。波を起こすのは重労働だわ」
「まあ、そうでしょうね。普通はこんな風にウォーターベットの代りとして使います」
レオ吉くんが、ごろんと横になる。それを見て、僕らも横になった。
この感覚は、なんだろう? 体の無駄な力が抜け、水の上に浮かんでいるように、リラックスが出来る。
「あっ、これは楽だね」
僕がいうと、ヤン太も寝転びながら返事をする。
「でも、これは、やる気がなくなるな。さっさと次の部屋に移動するか、このまま居座ると移動する気が無くなりそうだ」
ヤン太は跳ね起きると、部屋を出て行った。僕はもうしばらく居たかったのだが、しょうがないので起き上がり、後をついていく。
次の部屋は『毛皮の部屋』と書かれていた。これにはミサキが飛びつく。
「これはもっふもふの部屋ね?」
「ええ、そうです。入ってみますか?」
「もちろんよ!」
レオ吉くんがドアを開けると同時に、ミサキは飛び込んだ。そして、床をゴロゴロと転がる。
「なにこれ、最高!」
毛皮に埋もれているミサキに、レオ吉くんが声をかける。
「この部屋。床暖房もできるんですよ」
「それって、本物の動物っぽくなるわよね。『鱗のトォトォロゥ』の『にゃんこバス』みたいじゃない。やってやって」
「では、猫の体温と同じ温度に設定しておきますね」
レオ吉くんが暖房の温度を設定する。
この部屋、ソファーや椅子まで、全て毛皮に覆われている。僕はソファーに腰掛ける事にした。
柔らかいソファーは、まるで大きな動物に包まれているかのような感覚だ。まさに映画の『にゃんこバス』を実現したような感覚で、ミサキはここから移動したがらないだろう。
そう思っていたのだが、あまり時間がたたないうちに、ミサキが部屋を飛び出して行く。
「あ、あっついわ。毛皮が暑すぎる!」
「そうなんですか? 猫の体温と同じ、38度に設定したのですが……」
レオ吉くんがさらりと言った。まあ38度は暑すぎる。この温度なら、さすがのミサキも逃げ出すだろう。
次の部屋は『重力の部屋』と書かれていた。これは想像が出来る。僕がレオ吉くんに質問をしようとする。
「レオ吉くん、これって……」
「ええ、とりあえず部屋の中に入って、ドアを閉めましょう」
全員が扉の中に入ると、レオ吉くんは、壁にあるボリュームのような調整のスイッチのそばに立つ。
「この部屋は、自由に重力を調整できます」
それを聞いてジミ子がリクエストをする。
「無重力にも出来るのよね? 無重力にしてよ」
「いえ、安全規定がありまして、無重力は無理なんです。調整できる重力は、0.2~1.7の間ですね。とりあえず0.2にしてみましょうか」
レオ吉くんがツマミを動かすと、あっという間に体が軽くなる。ちょっとジャンプをすると、簡単に天井につく感じだ。
ミサキがジャンプをしながら言う。
「やっぱり、低重力は楽しいわね」
「そうね。これがいつでも楽しめるのは良いわね」
ジミ子もジャンプしながら答える。確かに、これは楽しい。低重力で一通り遊んだ後に、ヤン太がこんな事を言い出す。
「1.7って数値があるのは、重力を増やすのも出来るんだろ? バトル漫画だと、重力が重い場所で修行とかするじゃないか。俺たちもやってみないか?」
「良いわね。それをやってみましょう」
ミサキもその話に乗っかり、重い重力を体験する事となった。
「では、重力を徐々にあげていきます」
レオ吉くんがゆっくりと重力を増やしていくと、しだいに体が重くなる。いったん重力を0.2に落としてからあげていくので、かなりツラく感じる。
やがて、重力は1.7に到達した。
ヤン太がファイティングポーズを取りながら、感想を言う。
「なるほど、これがバトル漫画の世界か。かなり重いな、特に胸が重い」
その意見にキングが同意する。
「ああ、ちぎれそうなくらい重いな」
その意見には、僕も同意する。同意するのだが…… ちらりとミサキとジミ子の方を見てみると、もの凄い形相で、こちらをにらんでいた。
ジミ子がヤン太に突っかかる。
「私は、あまり胸が重くなってないんですけど?」
「あ、うん。まあ、なんだ、とりあえず部屋から出ようか」
レオ吉くんがヤン太に説明をする。
「重力を元に戻さないと、部屋から出られませんよ」
「じゃあ、すぐに重力を元に戻してくれ」
「はい、戻しました」
重力が戻り、ドアが開くようになると、ヤン太は飛ぶように部屋から出て行った。まあ、胸の話題になったときのジミ子ほど、恐ろしいものはないだろう。
一通り、部屋を見終わったようなので、僕たちは休憩室で飲み物を飲みながら話をする。レオ吉くんがモデルルームの話をヤン太に振った。
「ヤン太くん、どうでしたか?」
「ああ、うん。良かったよ。おそらく近いうちに建て替えると思う」
キングが、レオ吉くんにこんな質問をする。
「今日の部屋の中で、一番、値段の高い部屋はなんだったんだ?」
「最後に行った、重力をコントロールできる部屋ですね。6畳の部屋で、およそ3千万円します」
「その値段だと家が、一軒、買えるな……」
キングがあきれた表情で答えた。あの部屋は面白いのだが、その値段だと高すぎる。よほどの金持ち以外は買わないだろう。
今度はジミ子がレオ吉くんに質問をする。
「高いのは分ったけど、逆に安いのは何?」
「お手頃なのは、コルクの床でしょうか。一畳あたり2万円ほどで出来ます」
それを聞いて、ミサキがこんな質問をする。
「もっふもふの部屋はいくらなの?」
「あの部屋は、一畳あたり2万5千円ですね」
「意外と安いのね。普通の部屋にも、あの床を設置できるの?」
「暖房などを考慮しなければ、お持ち帰りもできますよ」
「良いわね。1畳分だけなら、持ち帰ろうかしら? 今はお金がないけど……」
ミサキが本気で考え始めた。まあ、部屋の一部があの床になるくらいなら、平気だろう。
この後、建て替えのスケジュールなどの説明を一通り聞いた後、最後にレオ吉くんが大きな紙袋を持ってきた。
「ではヤン太くん。これが、試しに作った部屋の間取りと、カタログの全てです。他のハウスメーカーの内装のカタログをあるので、好みの内装を探し出して下さい」
そういって、辞書より分厚いカタログの束を渡された。カタログを受け取ったヤン太は、思わずつぶやく。
「ああ、これだけ種類があると、選ぶのに時間がかかりそうだな……」
人は、選択肢が多すぎると、決められない事が多い。果たしてヤン太の家の建て替えは、決められるのだろうか?




