建築業の行方 9
僕らは床や窓が移動できるモデルルームを出て、次のモデルルームに向う。
次のモデルルームは入り口が高い場所にあるようだ。5段くらいの階段を登ってから玄関の中へと入る。
部屋の中に入ると、そこは何も無い部屋だった。先ほどの部屋より一回り小さい10畳ほどの部屋だが、それでも充分な広さの空間だ。レオ吉がカタログのページを開いて説明する。
「ここは収納に特化した作りになっています。家具も一通りそろっていますよ」
それを聞いてヤン太が反論をする。
「この部屋は、何も無いじゃないか。これじゃあ生活できないぜ」
すると、キングがこんな事を言う。
「今、流行のミニマニストってヤツじゃないか? 物を極限まで持たないってコンセプトだと思うぜ」
しかし、ヤン太はこの意見を否定した。
「でも、トイレも無いぜ。さすがにトイレと水道は無いと、生活は無理だろう」
「それもそうだな」
キングも納得をする。確かにヤン太の言うとおりだ、こんな場所は生活を送れない。
すると、レオ吉は平然と言う。
「トイレならありますよ。『トイレのドア、オープン』」
何も無い壁に、一本のスジが入り、それが見る間に広がっていく。そして、壁がスライドしていき、中からトイレが現われた。ミサキが思わず声をあげる。
「うわ、隠しトイレがある。これならいつでも用を足せるね」
「いや、別に隠していた訳ではありません。壁と一体型のスライドドアを使用しているだけです。この部屋は収納が多いんですよ。『収納の扉、全てオープン』」
レオ吉くんがそう言うと、窓が付いていない壁の一面に、縦や横にスジが入る。
一部は壁のがなくなりクローゼットや押し入れのような収納空間があらわれ、ある場所には、タンスのように大きな引き出しがいくつも出てきた。
収納空間の深さは、およそ1メートルくらいありそうだ。部屋が狭いと思っていたのは、この空間があったためだろう。
レオ吉が細かい部分を説明する。
「こちらはスライド式の本棚ですね。スライド式なので、それぞれの本棚を隣あわせに収納できるので、場所を効率的に使えます」
「これは、乾燥機能付きのハンガーラックの収納棚ですね。洗濯した直後の衣服を入れておくと、自動的に乾かしてくれます」
「こちらはタンスですね。天井近くまで設置できます。立体駐車場のように、引き出しが上下にグルグルと回転する仕組みなので、引き出しの位置を自由に変えられますよ。冬物と夏物の入れ替えなども、簡単にできますよ」
「これは、飛び出してくる、ただの板ですが、机として使えます。使わない時は、もちろんしまっておけます」
どの収納にも、役に立ちそうな機能がついている。
ジミ子がため息交じりに、こう言った。
「凄いわね。この部屋の空間だけで、家族分の収納ができちゃいそう」
すると、レオ吉はこう言った。
「この部屋の収納場所はこれだけではありませんよ。床下収納もあります、ちょっとこちらに寄って下さい」
レオ吉に誘導されて、部屋のすみに移動をする。
「床下の収納部分、全てオープン」
レオ吉がそう言うと、床がせり上がり、その下にあった収納空間が現われた。
1.5畳くらいの大きさの床下収納が、4個ほど現われた。合計で6畳くらいはありそうな広大な空間だ
これを見て、キングがレオ吉に言う。
「これ、床下収納が多すぎだろう。1~2個でも充分なんじゃないか?」
「いえいえ、収納空間は多くて困る事はないでしょう。こんな物もしまえますよ。『キッチン、洗濯機、お風呂場、オープン』」
すると床下から、キッチンと洗濯機とお風呂がせり上がってきた。何も無かった部屋はあっという間に埋め尽くされる。
僕がレオ吉に聞く。
「このお風呂、ちゃんと使えるの? 周りが濡れそうだけど」
「大丈夫ですよ。部屋の仕切りも用意していますから。『風呂場の仕切り、オープン』」
今度は、上から板がおりてきて、風呂場の周りを覆う。そして、普通の風呂場が出来上がった。
僕は引き続き、質問をする。
「ちゃんと使えるみたいだね。すごいけど、これ、いくらするの?」
「ええと、およそ270万円ですね。普通のお風呂だと、設置には140万円くらいです」
これを聞いて、ジミ子が考える。
「収納機能にかかる費用は130万円なのね。この値段ならアリかもね」
いつもだったら否定するジミ子だが、前のモデルルームの、『移動する床』のシステムが、420万円だったので、感覚が麻痺しているようだ。
「とりあえず、邪魔なので、いったんしまいますね『収納空間、すべてクローズ』」
レオ吉が言うと、開いていた収納空間がすべて元通りになり、何も無かった部屋に戻る。
ヤン太が、感心しながら言う。
「すごい収納空間だったな。あとはソファーやベッドを置けば、一人暮らしができそうだ。 ……でも、変な場所にベッドを置いたら、せり上がってくる床下収納の邪魔になって、床下収納は使えなくなったりするのか?」
「この部屋には、既にソファーやベッドもありますよ。『ソファー、ベッド、オープン』」
レオ吉がそう言うと、ソファーとベッドが上から降りてきた。レオ吉は、引き続き説明をする。
「この部屋には天井収納もあり、このように使わない時には家具を天井に収納しておけます。もちろん、収納ボックスを天井に設けて、さらに収納空間を広げられますよ」
「いや、そんなに収納空間は要らない」
ヤン太が真剣な顔で断る。まあ、確かにそんなに要らないだろう。壁か床下か天井、どれか1つあれば足りそうだ。




