慣性力スニーカー 2
「よし! 私が一番先に走っても良い?」
スニーカーの説明を聞いたミサキがやる気を出したようだ。
「良いわよ、じゃあ、ミサキちゃんからタイムを計ってみましょう」
姉ちゃんがOKを出して、ミサキがスタート地点に着く。
「3、2、1、スタート」
姉ちゃんの合図と共に、ミサキが思いっきり踏み込む。ただ、踏み込みすぎたようで、ミサキはやり投げのやりのように、放物線を描いて飛んで行った。そして、頭の方から落ちていくが、運動神経の良いミサキは、手をついて、前転をして受け身を取る。
ミサキはちょっと驚いた顔をしながら言う。
「予想以上に跳ねますね。もう1回、測定をやり直しても良いですか?」
「測定は、何度でもやり直して良いけど、その靴に慣れる為に、ちょっとランニングをしてみましょうか」
姉ちゃんに言われて、僕たち全員は校庭を走る事となった。
軽く走り出すと、明らかにこれまでとは違う。ゴムで出来た地面を走っているようだ。ふわふわと不思議な感覚で走って行く。
「おっと、これは難しいわね」
「ああ、走りにくいな」
ジミ子とキングがぎこちなく走る。特にジミ子は不安定で、時々コケそうになっていた。
「少しベースを落とそうか?」
ヤン太が気を使ってジミ子に言うと、ジミ子は反論をする。
「いえ、慣れなきゃいけないから、このままのペースで行きましょう」
僕らはペースを保ったまま、ランニングを続ける。
2~3週も走ると、だいぶ慣れてきた。テンポ良く走ると慣性力が上手く働き、足を自動的に押しだしてくれる。
「ペースを上げましょうよ」
ミサキが少し早く走り始めたので、僕らもそれに合わせる。
ペースは徐々に上がっていくのだが、僕らの負担は、ほとんど増えない。歩く歩道のベルトコンベアに乗っているように、自動的に早くなっていく。
さらに2週も走ると、とんでもない事になってきた。体感的には自転車で走っているよりも速い感じだ。キングがこんな事を言い出す。
「俺たち、飛ぶように走ってるよな? ちょっと一週あたりの歩数を数えてみるか。1、2、3、……20と。だいたい20歩くらいで一週を走っているな。」
「えっ、これって200メートルのトラックだよね? それだと、一歩あたり10メートル以上、飛んでいる事にならない?」
僕がそう言うと、ヤン太が答える。
「ああ、そのくらい飛んでいるんじゃないか。地面を少し見てみなよ」
ヤン太に言われて地面をみると、恐ろしい勢いで地面が流れて行く。確かにこれだと10メートル近く飛んでいる気がする。これって、走り幅跳びの世界記録を越えているんじゃないだろうか?
あまりにスピードが出て来たので、ジミ子が怖がり始めた。
「このスピードは危ないわ、減速しない?」
すると、いつの間にか拡声器を持った姉ちゃんから、こんな注文がくる。
「そのまま少しずつ速度を上げ続けて。安全面はバッチリだから怖がらなくていいわよ」
「はい、分りました。速度を上げます!」
ジミ子は大声で返事をする。先ほどはあれほど怖がっていたのが、まるで嘘のようだ。どれだけ姉ちゃんを信用しているのだろう……
さらに3週も走ると、僕たちは神の領域にたどり着いた。足は慣性の力で勝手に動き、滑空するようにとんでもない距離をジャンプしている。200メートルのトラックは、30メートルくらいにしか感じられず、もはや風と一体になったと言っても良いだろう。
ヤン太が独り言のように言う。
「やべぇな、これ。軽く走っている感覚なのに、どれだけスピードが出るんだよ」
「ありえないぜ。運動が苦手な、俺やジミ子がこれだけスピードが出るなんて」
キングもあきれながら答えた。全くもってその通りだ、もはや車くらいのスピードが出ている気がする。
「はい、そろそろ準備運動は良いわよ。慣性力が強くなっているから、徐々に減速していってね」
姉ちゃんがOKを出したので、僕たちは力を抜き、少しずつ減速をする。勢いがかなりついていたので、止まるまで4週ほど走ってしまった。
走り終えた僕たちは、一端、姉ちゃんの元に集まった。
姉ちゃんは、スポーツドリンクを配りながら、こんな事を聞いてくる。
「少し疲れたでしょ? どう、履き心地は?」
ジミ子が素直な感想を言う。
「あまり疲れてません。軽く走ってただけですから。履き心地は、普通のスニーカーとあまり変りませんね」
「問題があるとするなら、スピードが出すぎて怖かったぜ」
キングがそう言うと、ヤン太も同意する。
「そうだな、俺たち、どれくらいのスピードが出てたんだろうな?」
「一番、スピードが出てた時で、200メートルが5.8秒だったわね」
姉ちゃんがさらっと規格外のタイムを発表した。僕が思わず声をあげる。
「えっ? 200メートルで5.8秒って、世界記録だよね」
「ええ、200メートルの女子の世界記録は21.34秒らしいわね。もちろん加速してからのタイムだから、公式タイムとはいかないけどね」
やはり滅茶苦茶なスピードが出ていたようだ。
「私、ちょっと100メートルで世界記録を出してきます」
ミサキがやる気を出して、短距離走のスタート地点についた。
姉ちゃんが拡声器を使いながら、スタートの合図を送る。
「正式な試合じゃないから、公式タイムとはいかないけど、世界記録を塗り替えちゃいましょう。3、2、1、スタート」
「うりゃあ」
ミサキはロケットのように飛び出し、かなりの距離をジャンプした後、一回目と同じ様に、ヤリのような放物線を描いて、頭から地面に落ちた。
「あいた」
宇宙人の安全装置が働いたので大丈夫だろうけど、そこそこ痛そうだ。
頭を押さえながら、ミサキは姉ちゃんに言う。
「もう一度やらせて下さい」
「何度でも良いわよ、満足するまで付き合うわ」
その後、10回ほどやったが、結果はどれも同じだった。この靴は、どうやら短距離には向いていないようだ。ミサキが11回目に挑もうとした時、さすがに姉ちゃんが止めに入り、今日のテストは終了となった。。
「あー悔しい、世界記録が出せたのに」
悔しがるミサキを姉ちゃんがなぐさめる。
「短距離走に合わせてスニーカーを調整したら、またテストをお願いするわ。ついでに陸上競技連合の許可も取っておくから、その後には正式に記録を塗り替えましょう」
そういう話にまとまり、本格的なテストは後日やる事になった。
予想以上にテストが速く終わったので、この日は校舎の中の水族館を見学してから僕らは帰った。
しばらく経ってから、この靴に関して、追加のテストの話が出てこないので、僕は姉ちゃんに聞いてみる。
「あの『慣性力スニーカー』どうしたの? 開発が難しいの?」
「いや、開発は終わってるんだけどね、陸上競技連合の許可が下りなくって困ってるのよ。靴底の厚さの規定はクリアしているはずなんだけどね」
まあ、規定に違反していなくても、あれだけ速く走れる靴は、反則かもしれない。一般的な高校生の僕らがあのタイムを出せるのだから、プロの選手が使ったら、とんでもない事になってしまうだろう。




