慣性力スニーカー 1
体育祭が終わって夕食の時に、姉ちゃんにリレーの時に使った靴が、ちょっと気になるという話をしたら、後日、僕たちがテストをやる事になってしまった。靴のテストにあまり時間はかからないという話だったので、平日の放課後に集まる話になった。
学校が終り、制服姿のまま、姉ちゃんの会社に行く。ちなみに、今日は体育の授業もあったので、体操着も持っている。会社の前に行くと、ロボットが待機していた。
「お待ちしておりまシタ。アヤカ様は現地でお待ちしていマス」
ロボットに案内されて、会社の中にある『どこだってドア』をくぐる。
ドアを抜けた先は、どこか田舎の小学校か中学校のようだ。ずいぶんと寂れた場所にあるのだが、なぜか校舎の中は人でにぎわっている。この場所は、見覚えがあるような……
思い出そうとしていると、姉ちゃんがやってきた。
「授業後におつかれさま。とりあえず体操着に着替えて、この靴を履いてきて。説明はその後でするわ」
「姉ちゃん、それはいいんだけど、なんで田舎の学校の校舎に、人があんなにいるの?」
「ここは、少し前までは廃校だったんだけど、プレアデスグループが買い上げて、水族館にした場所よ。おぼえているかしら?」
姉ちゃんが説明すると、ジミ子が思い出したようだ。
「日本各地の水族館を『どこだってドア』で繋げたり、世界各地の海底をつなげた場所ですね?」
「そうよ。手頃なグラウンドがなかったから、ここを使う事にしたの。じゃあ着替えて来ちゃって」
僕らはロボットの案内で、空いている教室に連れてこられた。手早く着替えると、靴を履いて外に出る。
外に出ると、軽い準備運動をしながら、雑談をする。この靴で走った事のあるヤン太が、感想を言った。
「とにかく早く走れると思うぜ。大げさに言うと、平地と下り坂くらいは違う。どんどんスピードが加速していくんだ」
「そうよ。ガガガって加速して、バビューンって走れるんだから」
ミサキもこの靴を履いて走った。その感想を効いても、イメージが湧いてこない。まあ、ヤン太の感想を参考にした方が良いだろう。下り坂のイメージは分りやすい。それなら早く走れる気がしてきた。
準備ができると、姉ちゃんが聞いてくる。
「走る用意は出来たかな?」
「はい」「OK」「できました」
「運動場は、体育祭の時とおなじように、光のコースを作るわ。理由は、バンク角があって、外に飛び出さないようにするのと、コケたときにクッションになって、怪我を防ぐ効果ね。安全性は、派手に転んだミサキちゃんだったら、分るでしょう?」
「ええ、転げ回って、目は回りましたけど、全く痛くありませんでした」
「じゃあ、まずは機能をOFFにして、普通の100メートル走のタイムを計ってみましょうか」
姉ちゃんに言われて、僕たちはスタート地点につく。
コースには1~5番の文字が振ってあり、5人同時に走れるようだ。適当に配置につき、スタートの合図を待つ。
「行くわよ。3、2、1、スタート!」
合図と同時に僕らは走り出す。やはりミサキの足が速い。ミサキが12.8秒で一位、ヤン太が13.3秒で二位、僕が13.9秒で三位、キングが14.7秒で四位、ジミ子が15.1秒で最下位だった。
ヤン太が悔しがりながら言う。
「くそう。ミサキに勝てなかった!」
「当然よ、私の方が速いわ!」
調子に乗っているミサキに僕が釘を刺す。
「まあ、転ばなければ、速いかもしれないね」
「そ、そうね。今日は大丈夫よ」
この間のリレーも、転ばなければ一位を取れたのかもしれないが、まあ転んだものは仕方ない。
走り終えた僕たちに、姉ちゃんが靴の説明をしてくれる。
まず、タブレット端末で、別の靴の画像を表示した。
「この靴は知っているかしら? ナイ‡ 社の靴で、お正月の駅伝では84%の選手が使用していたわ。この靴は高い反発力、いわばバネみたいな感じで速く走れるの、そこで、それ以上の性能を出せるようにしたの」
そう言って、姉ちゃんは、僕たちが履いている靴と同じ物を取り出した。
「ここの、かかとの所のスイッチを入れると、速く走れるようになるわ。まずは反発力を見てみましょう」
姉ちゃんは、胸の高さから靴を落とした。すると、スーパーボールのようにそのまま跳ね返って、ふたたび姉ちゃんの手の中に収まった。
「……ちょっと反発力を強くしすぎたかしら? この間のリレーの時は、加速するまで時間がかかったから、改良をしたんだけど、やりすぎたかしらね。まあ、いいわ、この靴にはもう一つの機能があるの、『慣性の法則』って知ってる?」
その質問に、キングが答える。
「勢いがつくと、物が急に止まらないってヤツだろ? 自転車とか漕がなくても、しばらく惰性で進み続けるやつだ」
「そう。それが慣性の力ね。慣性の力は、普通は直線的な動きなんだけど、この靴は直線的じゃない動きも維持してくれるの、こんな具合にね」
姉ちゃんが肩を中心として、グルグルと靴を回す。
ある程度、勢いがついてきたら、姉ちゃんは手を離した。すると、靴は回転運動を維持しようとして、そのままの動きを続けながら、ぺったん、ぺったんと勝手に進み出す。
靴は勝手に30メートルほど進むと、そこで勢いが尽きたようで、動かなくなった。
ジミ子がこれを見て言う。
「分りました。この靴は、走るための反復運動の動きを覚えて、アシストしてくれるわけですね」
「そういう事。まあ、予想より遙かに勝手に進んだけど…… とりあえずテストしてみましょうか」
不安な事を聞かされた後に、僕たちはテストに入る。宇宙人の技術だから、安全性は確保されているハズだろう……




