体育祭 13
騎馬戦が終わり、僕たちの白組の得点は574点。対する紅組の得点は568点。
わずかながら逆転に成功したのだが、この点差だと誤差のようなものだ。
次の競技、紅白対抗リレーに運命が託された。この競技が体育祭の最終競技で、全てが決まる。
「すこしトラックを改善します」
姉ちゃんの声でアナウンスが流れると、空から棒のような物が降りてきた。
トラックの端に等間隔に立つと、フオオォと音が鳴りバリアのような物を張る。バリアは薄い光の板のような感じで、競輪場のようにきつい傾斜が出来上がった。
バンクは、ほぼ90度まで作られていて、普通に走っていてたら、あんな高い場所には到達しないだろう。
光の道のコースが出来上がると、再び姉ちゃんのアナウンスが入る。
「走行距離に関して、変更があります。普通の人はトラックを3週。アンカーの人は5週を走ってもらいます。走行距離が長くなる為、プレアデスグループが開発した、速く走れる運動靴を履いてもらいます」
そう言うと、選手がスタート地点へと移動してくる。遠くから見ている限りだと、特別な靴ではなく、ごく普通の運動靴に見える。
ちなみにこの競技には、ヤン太とミサキが出場している。4人一組で走り、ヤン太が3番手、ミサキがアンカーを務める予定だ。
「それではスタート地点に着いて下さい」
白組から3名、紅組から3名、合計6組がスタートラインに立つ。
「行きます。3、2、1、スタート」
スタートと同時に6人は普通に走り出した。もっと、驚異的なスピードで走ると思ったのだが、意外と普通だった。
「遅いわね」
「そうだな。もっと速いかと思ったぜ」
一緒に見ているジミ子とキングも同じ様な感想らしい。宇宙人の技術でも、靴だけでは、そんなに速くならないのだろうか?
レースの行方を見守っていると、コースを半周ぐらいした頃から、明らかにスピードが上がってきた。僕がつぶやくように言う。
「なんだか徐々にスピードが上がってきてない?」
「私もそう思っていたところよ」
「そうだな。スマフォのストップウォッチのアプリで計ってみるか」
ジミ子もキングも同じような感想を言う。たぶん、気のせいではないだろう。
1週を走り終え、2週目に入る。うん、明らかに速い。
うちのクラスの鈴木さんが、「速い、速いよ!」と言いながら走り去っていった。彼女は陸上部だから、明らかな違いを感じているはずだ。全員、かなりのスピードで2週目を走り終り、3週目に突入する。
キングがスマフォを見ながら言う。
「だいたい、21.2秒だな。陸上の事は良く分からないが、速いと思うぞ」
3週目はもっと速くなった。遠心力が強くなり、急なバンク角のあるコースの、かなり上の方をみんな走っていく。鈴木さんが「ギャー、速すぎる!」と、悲鳴のような声をあげながら、僕らの前を走り去っていった。
3週目はあっという間に終り、次の走者にバトンを渡す。ところがここで悲劇が起こる。
うちのクラスは6人中、2位の位置につけていたのだが、バトンを落としてしまった。
おそらくスピードがつきすぎていたからだろう。他のチームもポロポロとバトンを落としている。
順位は2位から4位に下がり、第二走者に受け継がれた。
キングが驚きながら言う。
「バトンを落としたから何とも言えないけど、走行タイムはおよそ14.4秒ってところだな」
「速いわね。うちの校庭って、200メートルのトラックでしょ?」
ジミ子がそう言ったので、僕はスマフォで200メートルの世界記録を調べて見た。
「200メートルの世界記録は、21秒34。男性があった時代でも19.19秒だってさ」
「明らかに世界記録より速いじゃない」
「まあ、加速がついてるから、素直に比べられないけど、明らかに早いね」
走者が2人目になると、スピードがリセットされ、明らかに遅くなる。でも、やはり徐々にスピードが上がっていき、ドンドン速くなっていく。
キングがスマフォを見ながら言う。
「1週目は29.4秒、2週目は22.7秒だな、やはりかなり速くなってる」
3週目に入り、スピードがさらに乗ってくる。うちのクラスの前を通過する時に、誰かが言った。
「バトンを渡す前に、減速を十分にしてから渡せ!」
「オッケー」
第二走者の加藤君は、声を聞いた直後から減速を始めた。うちのクラスの位置は、200メートルのコースの3分の2くらいの位置にある。減速しはじめるのは、早すぎるんじゃないだろうか?
僕の心配は的中して、順位を4位から5位に下げて、ヤン太へとバトンが渡った。
ヤン太はバトンを受け取ると、全力で走り始める。走る距離は3週で600メートルあるのだが、配分をあまり考えていなさそうだ。5位から4位、4位から3位と、順位を上げていく。
この激走を見ながら、キングがボソッと言う。
「ありゃ、痛そうだな」
ヤン太の胸は、そこそこある。たしかDカップぐらいだったハズだ。走っている間中、それが激しく上下に揺さぶられる。
「チッ、そうかもね」
ジミ子が舌打ちしながら答えた。あまりこの話題に触れない方が良いだろう。僕は黙っている事にした。
ヤン太が走り終え、バトンを渡す時に、賭けに出た。スピードをまったく落とさず、ミサキへと突っ込んで行く。そして、そのままバトンをミサキに叩きつけるように渡した。ベチンと良い音がして、ミサキが走り出す。遠くのこちらまで音が聞えてきたので、かなり痛そうだ。
アンカーは5週走る。合計で1キロ、そこそこの距離なのだが、ミサキは序盤からトップスピードで飛ばす。
2週目、3週目と、トップとの距離を詰めていき、4週目でミサキがトップに躍り出る。そのままトップスピードを維持しながら、ラストの5週目に入った。
スピードは未知の領域に入り、漫画のようなもの凄い足の回転で、ミサキは2位との距離をさらに引き離す。
ミサキが僕たちの前を通過する時に、僕は応援を送る。
「ミサキ凄いよ」
ミサキはチラリとこちらを見る。……だが、これがいけなかった、高速で走っていた時に、わき見をしたせいで、足が突っかかったらしい。そのままのスピードで、トラックの光の道を転がっていく。
「あばばば……」
……これは大丈夫なのだろうか? まあ、ミサキは体は丈夫なので、平気だと思いたい。
トップだった順位は次々と抜かれ、最下位に落ちようとしたときだ、ミサキはスクッと立ち上がり、再び走り始める。ただ、トップスピードに乗った相手に追い付く事はなく、そのまま最下位でゴールした。
ゴールをしたミサキに、マイクを持った姉ちゃんが走り寄り、こんな事を聞く。
「ミサキちゃん、体は大丈夫?」
「ええ大丈夫です。柔らかいマットの上を転がったみたいな感触でした。ビックリはしましたが、かすり傷ひとつありません」
クラスへと帰ってきたミサキは、こんな声を掛けられる。
「本当に大丈夫か?」「惜しかったな」「もうちょっとだったのにな」
「あっ、うん、大丈夫。あー、悔しい! 次は勝ってみせるわ!」
次は来年なのだが…… まあ、やる気になっているなら、それも良いだろう。
こうして、僕たちの白組は負けてしまったが、楽しい体育祭が終わった。
後日、昼ごはんをみんなで食べていると、キングがこんな話題を振ってきた。
「そういえば、あの時の体育祭の動画、学校がネットに上げていて、人気があるらしいぜ」
「本当? 私も動画に映ってる?」
ミサキが聞くと、キングはこう答える。
「ああ、俺は『ニッコニッコ動画』で見たんだが、リレーでコケたときに、かなりコメントついてたな。まあ、人気のある動画は、ほかの動画だったけど……」
ヤン太が質問をする。
「どの動画が人気だったんだ?」
「ああ、一番人気が、障害物競走で、二番目がチアリーディングの動画だったな」
僕が理由か聞く。
「二番目がチアリーディングってどういう理由? 宇宙人の技術は使ってないよね」
「……コメントを見ている限りだと、ツカサの胸やパンツが理由だな。まあ、顔にモザイクは入っていたから、特定され無いとは思う」
「ああ、そうなんだ……」
……動画は消し去りたい。抗議をすれば動画は消えるのだろうか?




