体育祭 10
『チアリーディング』の次は『障害物競走』が行なわれる。
『障害物競走』は、様々な障害があるが、うちの学校はハードル飛びや網くぐり、平均台やハシゴくぐり、料理で使うおたまでピンポン球を運ぶといった、ごく一般的な障害しかない。
僕は、この競技に参加するので、急いで教室に戻り、チアリーディング用の衣装から、体操着へと着替えなくてはならない。あわてて下駄箱の方へ向おうとすると、担任の墨田先生に止められた。
「ツカサ、もう時間が無いから、そのまま『障害物競走』に行け」
「えっ、ちょっと待って下さい。この格好では……」
「教頭先生が、その格好で良いと許可を出したから大丈夫だ。行ってこい、ほら、列が動き出したぞ」
背中を押され、僕は『障害物競走』の参加者の列に加わった。
「ええぇ……」
列が動き出してしまったので、もうついていくしかない。『チアリーディング』から続けて『障害物競走』に参加する人は僕しかおらず、この格好をしているのも僕しかいない。1人、浮いている格好で、競技が始まる。
コース上に障害物の設置が終わると、姉ちゃんの声でアナウンスが入る。
「えー、これからコース場の重力を変更したいと思います。重力は月面と同じ、6分の1に設定します。一風変った障害物競走を、ご覧下さい」
姉ちゃんがそう言い終ると、5メートルくらいはありそうなフラフープのような輪っかが、いくつも空から降りてきた。そしてコース上に等間隔に配置され、ヴゥンと音がする。どうやらスイッチが入ったようだ。
となりのクラスの先頭を走る人が、ぽつりとつぶやく。
「低重力の方が、なんだか楽そうだよな。障害物が簡単に抜けられそうだ」
「そうだな。あっという間に終わりそうだな」
うちのクラスの先頭を走る人も、同じ様な意見だ。ちなみに僕は列の最後尾にいるので、最後の順番に走る。恥ずかしい格好なので、出来れば早く終わりたいのだが……
「では行きますよ、よーい、スタート!」
姉ちゃんの合図と共に、障害物競走が始まった。最初の障害はハードルだ。タダでさえ飛びやすく、高さが低めに設定されているハードルは、低重力だと、ほとんど意味をなさないだろう。
「おりゃあ」
隣のクラスの人は、5つあるハードルを一気に飛び越えようとする。ハードルは2メートル毎に設置されているので、通常なら不可能だが、重力が6分の1なら簡単に飛べるだろう。勢いよく上空に飛び出していくと、二つ目のハードルを越えた辺りで、空中にピタッと静止した。そして、そのままハードルの障害のスタート地点に戻された。
姉ちゃんの声でアナウンスが入る。
「障害は、一つ一つ、ちゃんとクリアして下さい。失敗したり、ショートカットしようとすると、牽引ビームで、それぞれの障害のスタート地点に戻されます」
どうやら一気に飛び越えるのはルール違反らしい。ハードル飛びは、力を抑えてハードルを一つ一つ、ゆっくりと慎重に飛び越えていくという、地味な展開になってしまった。
次の障害、網くぐりは、重力の影響はあまり関係なさそうだ。スムーズに通り抜けて行く。
平均台に差し掛かると、うちのクラスと、となりのクラスの2人は一気にジャンプで飛び越えようとする。
「いくぜ」「うりゃあ」
平均台の長さは4メートルほどだろうか。通常なら不可能だが、この重力だと余裕で飛び越えられる。
勢いよく空中に飛び出すと、またしても2人が空中に静止した。そして牽引ビームで、平均台のスタート地点に戻される。
「えー、平均台はジャンプせずに、歩いて渡って下さい。両足が平均台から離れたら、ジャンプしたとみなして、平均台のスタート地点に戻されます」
姉ちゃんの声でアナウンスが入った。まあ、たしかにジャンプしてクリアすると、それはもう『平均台』という競技ではない気がする。
この後、2人は平均台の上を歩くのだが、地上のように歩いていると、両足が地面から離れてしまい、何度かスタート地点に戻されていた。失敗が何度も続き、最終的には、そろりそろりと、とてもレースとは思えない速度で2人は渡り切る。やはり、かなり地味だ。
この後、ハシゴくぐりは普通にクリアして、最後の障害の、おたまでピンポン球を運ぶゾーンに入った。
この競技もかなりつらそうだ。ただでさえ軽いピンポン球は、まるで羽毛のようにフワフワと漂う。ただ、この障害は、ピンポン球を落としても、スタート地点ではなく、落とした地点まで戻るだけで良いらしい。ボールを落としては戻り、少し進んでは、また落とす。ゆっくりと亀のような歩みになりながら、2人はなんとかゴールをした。
重力が減ったので、レースの展開が派手になるかと思ったのだが、実態は逆だった。まあ、こうなるのは、低重力になれていないからかもしれない。幸い、僕は月面の重力に慣れている。このレースでは勝利を約束されたも同然だろう。
レースはどんどん消化されていき、いよいよ僕の番になった。
スタートの合図と共に、僕は走り出す。5つあるハードルを軽やかに飛び越えて、滑りこむように網をくぐり抜ける。平均台はすり足で、ジャンプする事なく渡りきり、ハシゴは、まあ、胸がすこしつっかえたものの通過できた。ピンポン球を運ぶ障害は、あえておたまをグルグルと振り回し、遠心力でピンポン球を押しつけて、難なくクリアした。
ゴールをして後ろを振り返ると、相手チームはまだ平均台を渡っている所だった。
この見事な勝利に対して、こんなアナウンスが流れる。
「ええ、先ほどの選手に対して、特別に芸術点が20点与えられます」
ボーナスがもらえたようだ。教員席を見てみると、教頭先生が立ち上がって拍手をしていた、そんなに僕の疾走が美しかったのだろうか。
自分のクラスの席に帰って来ると、みんなに声をかける。
「なんか、芸術点までもらえたよ」
すると、ジミ子が答えた。
「うん、パンツ見えてたからね。教頭先生がボーナス点をあげた理由もわかるわ」
「……見えてたの?」
「ほとんど見えてたわよ」
ただでさえ見えやすいチアリーディングの衣装で、さらに低重力という条件が重なった。実際にどれだけ見えていたのかは、あまり想像したくない……




