体育祭 7
『借り物競走』が始まろうとしている。紙に書かれた品物や人物を持ってくるという、おなじみのレースだ。いちおう競争だが、競技と言うには、かなりゆるくて、どこかほほえましい部分がある。
これにはジミ子とキングが参加する予定になっている、のんびりと、この競技を見物しようとしていると、姉ちゃんの声でこんなアナウンスが入った。
「えー、今回の借り物競走は、『物』ではなく『人』に限定します。『人』の中には、ご老人などもいるので、くじ運によっては不利になる事もあるでしょう。そこでコレを用意しました、安全装置がついた車です、この車を運転して、ターゲットの人物をゴールまで運んで下さい」
校庭に2台の黄色いオープンカーが現われた。それは見覚えがある、『マッドネス・タクシー』に出てきたアメリカの車だった。
「おい、アレって人混みに突っ込む、狂ったタクシーのゲームのヤツだよな」
ヤン太があきれながら言うと、僕が答える。
「ああ、そうだね。あの時は、人は3DのCGだったから良かったけど、今回はどうなるんだろ?」
ミサキが姉ちゃんをフォローするように言う。
「安全装置がついているって言ってたから大丈夫じゃない?」
「うん、そうだね、緊急停止装置とかが作動して、人混みには突っ込めなくなってるのかな?」
僕が安全装置のイメージをなんとなく答える。宇宙人の技術なので、大丈夫なはずだろう……
やがてレースが始まる。白組と紅組がそれぞれのタクシーに乗り込み、クジをひく。すると、空中に白と赤のでっかい矢印が現われた。どうやら矢印の下の人物が、乗せるターゲットらしい。スタートの合図と共に、2台のタクシーはゆっくりと動き出した。
競技場の中をのんびりと走り、矢印のそばで止まると、ターゲットにされた人が走り寄ってくる。タクシーに乗ると、またゆっくりとスタート地点に戻っていく。安全運転の車を見て、僕たちは安心をする。
「どうやら大丈夫そうね」
「そうだな。思ってたのと違って、大丈夫そうだ」
ミサキが安心すると、ヤン太もそれに答える。確かに、このレースの様子なら平和そのものだ。
ゆったりとしたこのレースを楽しんでみていると、姉ちゃんの声で再びアナウンスが入る。
「レースゲームの未経験の入門者部門が終り、ここからは経験者だけで行なわれる、エキスパート部門に切り替わります。速度制限が無くなり、乗せるターゲットの人物が3人に増えます。危険なように感じるかもしれませんが、安全装置は働いているので皆さまに危険がおよぶ事はありません」
「……おい、なんかヤバそうな感じになってきたぞ」
のんびりと座って観戦をしていたヤン太が立ち上がり、身構えながら言う。
「そうね。大丈夫だと思うけど、いちおう気をつけましょうか」
ミサキも続いて立ち上がった。もちろん僕も立ち上がる。元はあの滅茶苦茶なゲームだ、安心は出来ない。
エキスパート部門が始まると、どちらのチームも、急に運転が荒くなる。急発進したり、急停止したり、かなり乱暴だが、ちゃんとコース場を走り、観客席に突っ込むような事は起きなかった。
「安全装置がちゃんと働いているみたいだね」
「そ、そうね。安心したわ」
僕とミサキはひとまず警戒を解いた。そんな話をしていると、一組のレースが終わり。キングが車に乗り込むのが見えた。
「おっ、次はキングの番か、どんな運転になるんだろうな?」
ヤン太がのんびりと構えていると、スタートの合図と共に、キングの運転する車が、コースのトラックを無視して、真っ直ぐこっちに突っ込んできた。そして、ギャリギャリギャリと、車とは思えない音を出して、目の前で急停止する。
「ヤン太、乗ってくれ」
空を見上げると、僕たちの上に矢印が浮かんでいた。どうやらヤン太がターゲットになったみたいだ。
「おうよ」
ヤン太は返事をすると、ドアを開けずにジャンプで飛び乗った。こういう乗り方ができるのは、オープンカーならではだろう。
去ろうとするキングにミサキが質問をする。
「コースを無視してきたけど平気なの?」
「他の連中は、このゲームをやったことがないみたいで、律儀にコース上を走ってたみたいだな。無視しても構わないのに。じゃあ、いくぜ!」
車はガコンガコンと音を立てて急発進する。そして二人目のターゲットを拾いに行った。
キングの車は、圧倒的な速さで2人目と3人目を回収し、ゴールをする。
相手のチームは、ちゃんとコースの上を走っていたのだが、途中で走らなくても良い事に気がついたらしい。最後の方はコースを無視していたが、気がつくのが遅かった。
確かに普通のレースゲームの経験者なら、コース上を走るだろう。だが、これは普通のゲームではない。
キングの順番が終わると、ミサキが車を指さしながら言う。
「今度はジミ子が運転するみたい」
「ジミ子の運転は酷かったよね。あちこちにぶつけていたし」
「そうね。もう二度と乗りたくはないわよね」
そんな話をしていると、準備が終わったようだ。向かい側の観客席に、敵チームのターゲットの矢印が現われた。僕が辺りを見渡しながら言う。
「ジミ子のターゲットはどこだろう?」
「そうね。見当たらないわよね?」
ミサキも探すが、それらしき矢印は見つからない。
「もしかして……」
僕がおそるおそる空を見上げると、そこには大きな矢印が存在していた。




