重労働衛星ガニメデ
木星の衛星ガニメデで、移住をするための居住基地の建設が始まった。
施設が完成するのは3ヶ月後。人が実際に住み始めるのはその後だが、移住者の募集はもう始まっていて、第1次の募集人数は約3万人らしい。討論番組で宇宙人が言っていた事は、冗談ではなかったようだ。
この衛星の話は、もちろん学校でも話題になる。昼ご飯を食べながら、こんな話になった。
ヤン太が話をみんなに振る。
「ガニメデの移住募集がはじまったよな。あんな場所、誰が行くんだろう?」
「労働基準法が緩くて、週6日、14時間労働までOKなのよね。確かに行きたい人なんているのかしら?」
ジミ子がお弁当の卵焼きを食べながら答える。ジミ子の言うとおりだ、誰が行きたがると言うのだろう。キングがスマフォを見ながら言った。
「ネットの話だと、火星は1日の労働時間が、平均2~3時間程度らしい。どうせ移住するなら、普通は火星に移るよな」
「うん、そうなると思うよ。誰もガニメデに行かないと思う」
僕も相槌を打つ。火星は、医療や生活保護も充実しているので、老後の第二の人生の移住先として人気があるようだ。それに引き換え、ガニメデは失業保険などの社会制度も無いらしい……
そんな話をしていると、ミサキは放課後の予定の話を振ってきた。
「ちょっと今日、遊びを早めに切り上げない」
「どうして? 何か用事でもあるの?」
僕が聞くと、こう答える。
「実はまだ夏休みの宿題が終わってないのよね。ほら、ドリルの提出は明日じゃない?」
「まだ宿題を終えてなかったの……」
ジミ子があきれながら言うと、ミサキは開き直って答える。
「ほら、月面でリラックスできるクッションを買ったじゃない。あれが本当にリラックスできて、どうしても寝ちゃうのよね」
「月面旅行に行ったのって、夏休みの終りだろ。その前に宿題をやっとけよ」
ヤン太が正論を言う。まあ、ミサキに正論は通じないけど。
「じゃあ、今日の放課後は図書館でミサキの宿題をしようか。1人だとサボると思うから」
「そうだな、そうしよう」
僕がみんなに提案して、ヤン太がOKを出す。
「えー、大丈夫だよ。サボらずにやるから」
ミサキは否定するが、誰1人、それを信じない。こうして、放課後は図書館で勉強会となった。
図書館で勉強をする事、およそ4時間。ようやくミサキの宿題が終わった。まだ夏休み明けで、授業が早めに終わったので、今日中でどうにか間に合った形だ。しかし、物理のドリルが半分くらい白紙だったのには参った。
グッタリとしているミサキを無理やり連れ出して、僕らは空飛ぶ自転車で帰宅をする。
家に帰ると、姉ちゃんがすでに帰っていて、発泡酒を飲んでいた。
「弟ちゃん、遅かったね。何してたの?」
「ミサキが夏休みの宿題を終えてなくてさ、図書館にいって、無理やり勉強をさせていたんだ。大変だったよ」
「ふーん。それは大変そうねぇ~」
ほろ酔いの姉ちゃんに、僕はこんな質問をする。
「そういえばさ、衛星ガニメデで移住者を募集しているみたいだけど、応募者なんているの? あんな労働条件じゃ、人が集まらないでしょう?」
そう言うと、姉ちゃんが目を見開いて反論してきた。
「それが問い合わせが殺到しているのよ。詳しい話を聞きたい?」
「うん、聞かせてよ」
「じゃあ、ちょっと待ってね」
姉ちゃんはそう言って鞄からタブレットPCを取り出して来た。
タブレットPCに資料を写しながら、姉ちゃんは説明する。
「まず、木星の衛星、ガニメデの労働基準法ね。14時間労働で週6日まで働かせても合法ね。この条件にたくさんの企業が食いついてきたわ。大きな会社だと、スポーツ用品を生産している、ナエキとアディダヌ、スマートフォンを製造している、アップノレとSQNY、自動車メーカーのBMVVやメルセデス・ベソツ。これらの企業が、工場を建てたいと言ってきたわ」
「世界的な有名企業ばっかりだね」
「いえ、違うのよ。有名企業ばかりじゃなくて、名前の聞いた事の無いような、中小企業からも、たくさん問い合わせが来たのよ。あまりにも多すぎたから、とりあえず、第1次の企業誘致は、抽選にする予定よ」
……なんだろう。企業側が、どれだけ人をこき使いたいのか、分ったような気がする。
僕は姉ちゃんに質問をする。
「でも、企業側がいくら進出しても、労働者が集まらなければ意味がないよね。誰もこんな場所に行きたがらないと思うんだけど」
「それがね、地球上だと、労働時間が一日6時間までになってるじゃない。ここだと14時間だから、2倍くらい働けるの。そうなると、2倍稼げると考えて、お金目当てで応募してくる人も多いみたい」
「……本当に?」
「ええ、あと、仕事中毒の人も意外と多いらしくて、そういった人達から問い合わせが殺到しているわ。日本人からの問い合わせは、こっちの理由の方が多そうな感じね」
「そ、そうなんだ」
話を聞く限りでは、企業と労働者の意図が合致して、意外と発展しそうな感じがする。
「なんか発展しそうだね」
「そうなのよ。当初の予定だと、とりあえず1次開発を終えて、しばらく様子をする予定だったんだけど、この調子だと、平行で2次、3次と開発を進めていく感じになりそうね」
姉ちゃんが2本目の発泡酒を開けながら、思い出したように言った。
「あっ、ちなみに『主婦の年収は1000万円』とか主張してた人達からの問い合わせは、いまの所、無いみたい。この衛星だと、頑張れば1000万円稼げるのにね」
うん、それはそんな気がした。あの人たちは、身を粉にして働く気はないだろう。




