主婦の尊厳 2
CMが空けて、番組が再び始まった。司会の春藤アナウンサーが話を振る。
「それでは、『主婦の尊厳を取り返す派』、いわゆる『尊厳の保守派』のみなさん、意見をお願いします」
主婦の1人が立ち上がって、手にした原稿を読み上げる。
「主婦には休暇がありません。365日、24時間が仕事と言っても構いません。主婦の仕事は、多岐にわたります、職場の仕事のように、一つの仕事だけでは家庭はやりくりできません。主婦の年収は1000万円との試算が出ていますが、私たちはそれでも安いと思っています。安価な『月面サービス』によって、不当に主婦の価値を貶める行為に、私たちは断固として戦います!」
原稿を読み終わると、パチパチパチと、尊厳の保守派の仲間から盛大な拍手があがる。
「いくらなんでも年収1000万円は言い過ぎじゃないか」
「私もそう思うわ」
ヤン太が思わず突っ込みを入れる。とジミ子も相槌を打つ。僕もさすがに1000万円は多過ぎだと思った。
この発言に、福竹アナウンサーも突っ込みを入れる。
「365日は言い過ぎだと思いますよ。少なくとも寝ている時間は休憩時間でしょう。休憩時間は労働時間とはみなされません。それに、年収が1000万円を越える人は、ごく一握りの人しかいません。その試算を出した人は誰です? ちゃんとした人が出した試算なんでしょうか?」
至極真っ当な意見なのだが、尊厳の保守派の人達は、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「あなた、主婦の労働を分っていないんじゃないの?!」
「言いがかりよ! この人、言いがかりをつけてきたわ!」
「私たちの意見が間違っているわけないでしょう!」
罵声が飛び交う中、司会の春藤アナウンサーはなんとか落ち着かせようとする。
「冷静に、みなさん、冷静にお願いします。ちょっとまたCMを挟みましょうかね。CMどうぞ」
テレビは切り替わり、CMが流れ始めた。
キングがポツリと言う。
「大丈夫なのか、この番組。まるで討論になってないぜ……」
「ダメなんじゃない」
ミサキがあっさりと全てを否定する。うん、僕もダメだと思う。
CMが終わると、春藤アナウンサーは姉ちゃんに意見を振った。
「えー、笹吹アヤカさん。これまで『月面サービス』を使った人から、どのような意見がよせられていますか?」
「はい、満足されている方々がほとんどですね。提供している家事のレベルはそれほど高くありませんが、それでも満足いただいているようです」
姉ちゃんは、尊厳の保守派の顔色をうかがいながら、控え目な発言をする。するとこんなヤジが飛んできた。
「提供するなら、最高のサービズでないと意味がないわよ」
「そうよ。私たちみたいに完璧に家事をこなさないと」
「手抜きのサービスで金を取っているんじゃないわよ!」
姉ちゃんの発言に噛みついてくる。完全に『敵』として認識しているみたいで、どんな事を言っても無駄に思える。とても議論をできるような状況ではなさそうだ。
困った顔の春藤アナウンサーが、尊厳の保守派の人に質問をする。
「あー、えーとですね。保守派のみなさんは、『月面サービス』がどうなれば良いと考えていますか?」
「料金を上げなさいよ。年収1000万円をベースにして計算しなさい」
「いや、廃止よ、廃止。こんなサービス廃止よ」
「そうね、廃止がベストだわ」
「廃止・廃止・廃止・廃止」
廃止コールが収録スタジオの中に響き渡る。どうしようもなくなったのか、番組は急にCMに切り替わった。
「えー、プレアデスの宇宙人さんが、別件の会議が終わったので、こちらに来てくれるそうです」
CMが終り、春藤アナウンサーがそう言うと、ロボットがどこからか現われ、ピンク色のどこだってドアを置いて去って行く。
次の瞬間、ドアがカチャリと開いて、宇宙人がやってきた。
「ヨロシクネー」
のんきな挨拶をしてやって来た。この場の雰囲気は最悪で、宇宙人は全く空気が読めていない。
宇宙人は席に着くと、手をあげてこんな発言をする。
「この番組の発言ハ、ロボットにチェックをさせていたヨ。結論から言うと『月面サービス』の値上げは行なわないネ。主婦の仕事の価値は、1000万円なんて無いヨ」
これを聞いて、尊厳の保守派の人達はキレる。
「はあ? なに言ってるの?」
「主婦の仕事は大変なのよ!」
これを聞いて、宇宙人が反論を言う。
「そんなに大変なら、働いて、金を稼いで、月面サービスのロボットを雇えば良いじゃナイ。月面サービスの料金、月額5万円なら週二回のパートで稼げるヨ」
それを聞いて、1人の主婦が言い返す。
「主婦の年収は1000万円なんです。それ以下の収入の職場では働きたくありません!」
なんかもう屁理屈のような言い訳だったが、宇宙人はこう返した。
「それなら、ワレワレが年収1000万円の職場を用意するヨ」
「えっ?」
「それなら働いてみても良いかもしれないわ」
「ちょっと、その話を、詳しく」
保守派の人達の態度が変った。確かに、本当に1000万円もらえる職場なら、働く気にもなるのだろう。
「その仕事の詳細、ちょっとお聞かせ願いますか?」
春藤アナウンサーが急に話に食いついて来る。宇宙人はいつもの調子でこう言った。
「主婦は365日、24時間働けるらしいカラ。時給1141円以上の仕事を用意すれば良いよネ?」
それを聞いて、春藤アナウンサーが、がっかりした様子で答える。
「あのー、さすがに睡眠時間は欲しいんですけど。それに一日の労働時間は、労働基準法で決まってますし……」
「それなら、労働基準法の無い場所に職場を作ればイイネ。ワレワレが木星の衛星ガニメデで、鉱山職員の仕事を用意するヨ」
「炭鉱職員というと、どんな仕事をするのでしょう?」
「宇宙服を着て、削岩機で壁を崩すだけのお仕事ネ」
「それは、一日中、ドリルで壁を削るお仕事ですか?」
「ソウネ。特殊なスキルは要らないヨ。眠らなくていい薬も投薬するカラ、24時間働けるネ」
「ああ、うん、なるほど、それは大変そうですね」
あまりにも過酷で大変そうな仕事なので、だれも興味を持たなくなってしまう。まあ、この仕事の内容だと、無理もないだろう。
この後、静まり返った会場で、討論が続くのだが、冷め切ってしまった保守派の人達では、番組が全く盛り上がらず、結論として。
「まあ、使いたい人は使えば良いんじゃないでしょうか」
という、普通の意見に纏まってしまった。




