主婦の尊厳 1
家事などを代行する『月面サービス』が発表されて、主婦が家事から解放された……
かに思えたのだが、そう上手くはいかなかった。トゥイッターやフェスイブックなどのSNSから、変な運動が始まった。
それは『月面サービス』が安すぎると批判する活動だ。
『主婦の年収は1000万円に相当する』と主張するこの団体は、現在の『月面サービス』の値段が気に食わないらしい。姉ちゃんの会社への抗議はもちろん、値下げを行なった福竹アナウンサーも、主婦の価値を値切った人物として批判の対象となる。
SNSから発信したこの運動は、『主婦の尊厳を取り返す運動』として、各地で集会やデモが行なわれるようになり、テレビでも取り上げられるようになる。そして、ついに特別に討論番組が開かれる事となった。
今日は、その番組を見るために、みんなが僕の家に集まった。ちなみに、この番組には、福竹アナウンサーや姉ちゃんはもちろん、宇宙人も出演する予定になっている。
僕らは番組が始まる前に、『月面サービス』について話し始めた。
「うちは『月面サービス』を利用しているけど、みんなの家はどんな感じなのかな?」
僕が話を振ると、キングがすぐに答える。
「俺のうちは、サービスの行き届いた『エキスパートプラン』に加入したぜ。家事をやらなくて済むって、絶賛してたぜ」
続いてジミ子が言った。
「私の家は、何度か試しに、ロボットを時間単位で雇ってみたわ。よさそうだったから『スタンダードプラン』を申し込むみたい」
「うちも、とりあえず『スタンダードプラン』に入るみたい」
「俺の所も、まずは『スタンダードプラン』に入るみたいだな。必要があれば『エキスパートプラン』に切り替えるらしい」
ジミ子だけではなく、ミサキとヤン太の所も入るらしい。福竹アナウンサーが値切ったので、今はキャンペーン期間中で安い。試しに使ってみない手は無いだろう。
そんな話をしていると、討論番組が始まった。
「みなさん、こんにちは。これより特別番組『徹底討論、主婦の尊厳』が始まります。本日は司会を務めさせて頂く、アナウンサーの春藤です」
春藤アナウンサーが、深く頭を下げて挨拶をする。続いて、月面サービス肯定派の2人が映る。それは、姉ちゃんと福竹アナウンサーの2人だ。春藤アナウンサーは、こう話を続けた。
「こちら、月面サービスを提供している笹吹アヤカさんと、推進派の福竹アナウンサーです。プレアデスの宇宙人さんは、別の大事な会議があり、遅れて後から参加する予定です。まずは笹吹アヤカさん、ご意見をどうぞ」
「当社としましては、使いやすいサービスを、出来るだけ安価で提供させていただいております。ロボットは主婦の方々ほど、完璧に仕事をこなさないので、お安くサービスを提供できる次第です」
姉ちゃんはロボットの性能が低いから、安く提供できると言い訳をした。低品質、低価格を主張した形だ。
すると、尊厳の保守派の方から、こんなヤジが飛んできた。
「私は、ロボットより仕事が雑って、亭主に言われたわよ!」
「そうよ私も言われたわ!」
「私なんて旦那から『これなら、これからはロボットに家事を任せた方が良いな』ってイヤミを言われたのよ!」
それを聞いて、姉ちゃんが申し訳なさそうに謝る。
「ああ、はい。すいません、気をつけます」
これを見ていたジミ子が、思わず突っ込みを入れる。
「ロボットはそれなりにしか仕事をしないんでしょ。主婦の尊厳を主張するなら、もうちょっと家事をちゃんとしなさいよ」
「ああ、うん。そうだな。保守派の連中は、いつもかなり手抜きをしていたんだろうな」
ヤン太も相槌を打つ。全くもってジミ子の言う通りだ。
「続いて、福竹アナウンサー、何か主張があればどうぞ」
春藤アナウンサーが話を振ると、福竹アナウンサーは胸を張ってこう言った。
「物やサービスには適正価格があり、私は適正価格に近づけているだけです。それが視聴者や消費者の為であり、私の責務だと考えております」
視聴者で消費者の僕たちには、とても心強い発言だが、尊厳の保守派の人達には、火に油を注ぐような発言だ。先ほどよりも大きなヤジが飛んできた。
「主婦の仕事を安く見積もるな!」
「人の価値まで値切る気か!」
「安価で人をたたき売るのか、この奴隷商人!」
ものすごい反感を買い、さすがの福竹アナウンサーも動揺を隠せない。
「ええと、収拾がつかなくなって参りました。一端CMを挟みます」
春藤アナウンサーが、強引に番組を中断して、CMに突入した。
「これ、始まったばかりだけど、大丈夫なのかしら?」
ミサキが心配そうに言った。確かに、こんな調子で大丈夫なのだろうか?




