月面サービス 2
ロボットが家の中に入り、いよいよ本格的なサービスが始まる。そう思ったのだが、ロボットは最初にこんな事を言った。
「床の掃除は行き届いていますネ。床掃除の必要はありませんネ」
それを聞いて、母さんが言った。
「朝に掃除機をかけたからね。今度からは掃除しなくても良いのかしら?」
「ハイ、明日からはワレワレに任せて下さい。今日は床以外の部分を掃除しマス」
ロボットはそう言うと、雑巾を取り出し、水に濡らした。
そして、ふわりと空中に浮いて、照明の傘の部分に積もったホコリを拭き取る。それが終わると、今度は台所の換気扇の掃除だ。空を飛べるので、普段は掃除しない高い部分も、簡単に掃除してもらえるらしい。
掃除の様子を見ながら、ヤン太が言う。
「すげぇな。やってる事は人間と変わらないけど、あんな場所は普通は掃除しないよな」
「そうだね、年末の大掃除とかじゃないと掃除しないよね」
感心しながら僕が返事をする。
ロボットは次に風呂場へと向った、普通にバスタブを掃除するのかと思ったら、こんな事を言う。
「バスタブは充分に掃除されているので掃除しまセン。風呂釜の穴の奥がかなり汚れているので、マイクロマシンを使用して掃除しマス」
ロボットは小さな水筒のような入れ物を取り出し、銀色の砂のような物を風呂釜の穴の中に流し入れた。この砂のような物は、自ら動いて穴の中へと移動していく。
5分ほど放置した後に、ロボットは再び容器を穴に近づけると、銀色の砂が奥から出てきて、容器の中に自ら入って行く。回収し終わった後に、ロボットが水で流すと、汚い黒い水が出て来た。
「これ、凄いわね。普通だと絶対に届かないハズだもの」
ジミ子が感心しながら言った。たまに風呂場の掃除をする僕が言い訳をする。
「風呂釜を洗浄する薬は使ってるんだけど、あまり汚れは落ちてなかったみたいだね……」
定期的に洗浄剤は使っていたのだが、やっぱりダメだったみたいだ。キングも感心しながら言う。
「この掃除だけでも、頼んだ方が良いかもしれないな」
確かにキングの言う通りだろう。これは宇宙人の技術でないと不可能だ。
掃除が終わると、母さんがロボットに確認をする。
「洗濯物も取り込んでくれるのよね?」
「ハイ、『エキスパートプラン』なので、アイロン掛けもしマス。その後は、指定されたタンスの中にしまいマス」
「料理はやってくれるの?」
「料理は、簡単なお惣菜レベルまでデス。複雑な物は作れまセン」
料理と聞いて、ミサキが身を乗り出して質問をする。
「どのレベルだと作ってくれるの?」
「例えば、焼くだけのステーキはOKデス。挽肉を使い、様々な下処理が必要なハンバーグはNGデス。揚げ物では、粉をつけて揚げるだけの唐揚げはOKデス。揚げるまでに複雑な作業が必要な、コロッケやメンチカツはNGデス」
「おお、じゃあ、唐揚げは食べ放題なんだ。良いわね」
ミサキがうらやましがっている。唐揚げくらいは調理が簡単なので、自分でも何とかなりそうな気もするけど……
料理の事を聞いて、母さんが何かを思いついたようだ。
「よし、他の家事に時間が取られないなら、手の込んだ料理でも作りましょうかね。今晩は久しぶりに『カニのクリームコロッケ』にしましょう」
ミサキが母さんに聞く。
「『カニのクリームコロッケ』って、どうやって作るんですか?」
「まず、カニを茹でて、殻から身をほぐして外す。フライパンにバターを引いて、そこに小麦粉を入れて、弱火で温めながら少しずつ牛乳を加える。これでホワイトソースが出来るから、あとはカニをいれて、コロッケの形に整えて冷蔵庫で寝かせる。最後に、食べるときには衣をつけて油で揚げれば出来上がりよ。意外と簡単でしょ?」
「……えっと、はい。ソウデスね」
ミサキが、あきらかに理解していなさそうに返事をする。『カニのクリームコロッケ』は、一つ一つの工程は、そんなに難しくはないが、とにかく面倒だ。最初のカニの殻から身をほぐす工程だけでも、すでに面倒くさい。
「ちょっと買い物に行って来るから、後はよろしくね」
そう言って母さんは出かけて行った。掃除の終わったロボットは、他にやる事が無くなったらしい。
「作業が終わりましたので、引き上げマス。他に用事がある場合は、再びお呼び下サイ」
そう言い残すと、あっという間に居なくなった。
特にやる事が無くなった僕たちは、そのままリビングで遊び始めた。
太陽が傾き始める3時30分頃。ロボットが籠に洗濯物を入れて、台所に入って行く。いつの間にか洗濯物を取り込んだらしい。
ロボットが戻ってきたので、僕らは何をするのか観察する。
ロボットは、台所にあるアイロン台を設置すると、手慣れた感じでアイロンをかけ始めた。次から次へと、シワ一つなくかけていく。
僕らは、初めのうちは感心しながら見ていたのだが、同じ作業ばかりなので、すぐに飽きてきた。4枚目に入ったあたりで、完全に興味を無くして、僕らは遊びに戻る。
ロボットは黙々と作業をこなし、やがてアイロンをかけ終わると、タンスへしまうため、部屋に移動して行った。
キングがスマフォを見ながら言った。
「アイロン掛けは『エキスパートプラン』だけのオプションか。少し値段が上がるけど、これは便利だな。うちの親にも『エキスパートプラン』を薦めてみるか」
「そういえば、うちの姉ちゃんはクリーニングをよく使ってるみたいだから、これで節約できれば、元が取れるんじゃないかな?」
僕がそう答えると、キングはこんな事を言う。
「でも、仕上がりはクリーニング屋の方が上だろ。このサービスだと、洗濯は『家の洗濯機』で洗濯するだけなんだから」
「それもそうか。プロには敵わないよね」
そんな話をしていると、ロボットが戻ってきた。
僕は、洗濯終了の報告かと思ったのだが、それは違った。
「『アヤカ』様のタンスが、非常に混沌とした状態になっておりマス。整理をしてもよろしいでしょうか?」
「えっ、姉ちゃんのタンスが? あっ、うん、お願いします」
「了解しまシタ。整理に時間がかかりマス」
そう言って、2階にある姉ちゃんの部屋に入っていった。
姉ちゃんの事を尊敬しているジミ子が、すかさずフォローを入れる。
「ほら、お姉さんは仕事で忙しいから、しょうがないんじゃないかしら?」
「ああ、うん。そうかもね」
姉ちゃんは、忙しい時期もあるが、ほとんどは定時で帰って来ている。まあ、ここは言わないでおこう。
このサービス、一部の片付けが苦手な人たちには、必須のサービスかもしれない。




