第35回目の改善政策 2
福竹アナウンサーが、謎の『月面サービス』について宇宙人に聞くと、姉ちゃんがやって来て喋りだした。
「そのサービスは私から説明させていただきます。『月面サービス』と名前はついていますが、その実体は、掃除、整理や片付け、洗濯や炊事など、全般的な家事の請負サービスです。月面では一般的に普及しているサービスなので、この名前をつけさせて頂きました」
福竹アナウンサーがさらに詳細を聞き出す。
「掃除などの家事代行の派遣サービスは既にありますよね。そこら辺とは、どこが違うのですか?」
「最も違う点は、ロボットが全てを行なう点ですね。例えば、家政婦さんを呼ぶとなると、やはり他人を家に招き入れるわけですから、最低限の片付けくらいは、やっておく必要がありますよね。ロボットだとそれが要りません。散らかり放題の場所に呼びつけてもらって平気です」
「なるほど、そうですね。それに他人を自分の家に上げるというのは、抵抗がある人もいると思います。ロボットだと気軽かもしれません」
言われてみると、その通りかもしれない。まあ、家政婦さんなんて雇った事がないので、本当の所はよく分らないけど。
姉ちゃんの説明が続く。
「専用のスマートフォンのアプリも用意しました。画面のボタンを押すだけで、気軽にロボットを読み出す事が出来ます。雇用料金は、1分単位での課金なので、どんな些細な仕事でも、申しつけ下さい」
「そうですか。いやあ、宇宙人のロボットですから、短時間でも高性能な働きをしてくれるんでしょうね」
福竹アナウンサーがそう言うと、姉ちゃんが強く言い切った。
「いえ、はっきり言うと、低性能です。掃除は掃除機をかけて、ぞうきんで軽く拭き取るだけ。洗濯は洗濯機任せ。料理はレンジで温める物か、袋麺の調理くらいですね」
それを聞いて、福竹アナウンサーが、苦い顔をしながら言った。
「……また、なんでそんな低性能な設定なんです? 宇宙人の技術があれば、もっとなんとかなるでしょう?」
「あまり高性能にして、なんでも仕事をこなすようにしてしまうと、その仕事を生業としている業者が潰れてしまいますからね。綺麗に掃除をしたいのなら、清掃専門の業者へ。真っ白に洗濯をしたいのなら、クリーニング店へ。美味しい物が食べたいのなら、お店に行けば良いじゃないですか」
「まあ、言われて見るとそうですね。特に料理は『好み』による所が大きいですから、自分の好みで選んだ方が良いかもしれません」
姉ちゃんに言われて福竹アナウンサーが納得する。確かにその通りかもしれないが、こんなに低性能を謳わなくても良いと思う。
ロボットの性能の低さを説明した後で、姉ちゃんが得意げになって話す。
「さて、低性能なのですが、その分。価格に反映させて頂いています。まずはコチラをご覧下さい」
姉ちゃんは紙のテロップを持ち出した。テロップには、洗濯のイラストが描かれていて、所々、テープで文字が隠されていた。
「洗濯の依頼をしたとしましょう。洗濯物がすでに洗濯機の中に入れてある時は、スタートボタンを押すだけです。この作業には『1分』もかかりません。洗濯の作業ですが、これは洗濯機に任せているので、ロボットは働いていません『0分』です」
姉ちゃんが、テープのめくりながら、話を続ける。
「次に洗濯物を干します。家族の人数にもよりますが、ここは3人家族として計算しましょう『10分』かかります。太陽にさらされて乾かしている時間は、ロボットは働いていません『0分』です。洗濯物が出来たら取り込んでたたみます、この作業に『15分』かかったとしましょう。さて、労働時間の合計は何分ですか?」
計算の得意な福竹アナウンサーは、即座に答えを言う。
「『26分』です」
「このロボットは、『時給700円』で貸し出す予定です。そうなると……」
「『303円』ですね。これは安いですね」
「ええ、ロボットに家の鍵を預けておけば、洗濯物に縛られて家に留まる必要もありません。もちろん天気が崩れて、途中で雨が降ってきたら、ロボットが自動的に取り込んでくれます」
「天気を気にせず外出できるのは素晴らしいです。これなら気軽に布団も干せます」
福竹アナウンサーが絶賛する。確かに布団を干している時は、天気が気になって仕方がないと思う。
番組中にもかかわらず、福竹アナウンサーが電卓を叩いて、本格的に計算をし出した。
「あー、確かに洗濯は時間がかからないかもしれませんが、掃除や片付けは意外と時間を取られますよね? 小まめに呼び出していると、意外と金額が高くなるのでは?」
それを聞いて、姉ちゃんが次のテロップを出す。
「そこで定期セットをご用意しました。月極の料金で、期間内は何回使っても値段は変りません。プランと家族の人数によって料金が変ります」
「プランはどんな物があるのです?」
「『スタンダードプラン』『エキスパートプラン』の二つがあります。『スタンダード』だと最低限の家事。エキスパートプランだと、それなりに行き届いた家事が得られます」
「『エキスパートプラン』の内容が気になりますね」
「具体的な例を上げると、エキスパートプランの掃除は、年末の大掃除のようにあまり掃除しない部分まで掃除してくれます。洗濯はアイロン掛けで仕上げてくれますし、料理は、それなりのお惣菜レベルまでは作るようになります」
「プランの違いで、幾らくらい違ってきます?」
「家族の人数によって違いますが。4人家族の場合、『スタンダードプラン』が3万2千円。『エキスパートプラン』は5万6千円ですね」
「他の例として携帯の料金を上げてみましょう。4人家族の平均が2万8千円と言われてますから、それと比べると安い感じがします」
「ええ、まあ、携帯料金が高いという話もありますけど」
「分りました。では、ここからが正念場ですね。いくらお安くして貰えるんでしょう?」
「……ええと、3ヶ月のお試し期間という事で。このくらいでどうでしょう?」
「いや、もう一声、なんとかなりませんか」
福竹アナウンサーの値下げの交渉が続き。今の期間だけ、定期コースを申し込むと、『スタンダードプラン』の最初の3ヶ月は、1万9千円という値段に落ち着いた。
値下げの交渉に夢中になっていた福竹アナウンサーに、スタッフから声がかかる。
「おっと、もうこんな時間です。アンケートのご協力をお願いします」
アンケートの画面が出て来たので、僕は「今週の政策は『良かった』」「宇宙人を『支持できる』」に投票する。
やがてアンケートの解答が出そろって、結果が表示された。
『1.今週の政策はどうでしたか?
よかった 72%
悪かった 28%
2.プレアデス星団の宇宙人を支持していますか?
支持する 85%
支持できない 15%』
番組の最後に、福竹アナウンサーが宇宙人に話を振る。
「今週の家事代行サービスは素晴らしかったですね。これで主婦が家事から解放されると思います」
「時間は有意義に使ってほしいからネ」
「それでは、また来週もお会いしましょう」
「マタネー」
福竹アナウンサーと宇宙人の挨拶が終わった後に、姉ちゃんとレオ吉くんも挨拶をする。
「ご連絡、お待ちしています」
「お待ちしています」
こうして番組が終わった。
うちの家事は、すべて母さんがやっているので、どれだけ大変なのか、まだあまり分らない。ただ、母さんの仕事が楽になるなら、このサービスに加入すべきだろう。




