第35回目の改善政策 1
夏休みが終り、二学期が始まる。
久しぶりに学校に登校して、友人と雑談をし、校庭で校長先生の話を聞く。
初日は授業は無く、ホームルームくらいしかないのだが、担任の墨田先生は、教室に残るように言った。
「今日の授業は終りだが、今は11時30分だ。12時からいつもの改善政策の番組が始まるから、30分以内で帰宅できる自信のないヤツは、教室で番組を見てから帰れ。学食は今日もやってるから、飯でも食って時間を潰してろ。では解散」
30分という微妙な時間だと、帰れない可能性もある。僕らは学食で軽く食べて、教室でテレビを見る事にした。
食事を終え、自分の机で待っている。
やがて12時のチャイムがなり、テレビから、福竹アナウンサーと宇宙人の挨拶が聞えてきた。
「第35回目の改善政策の発表が始まります。本日もよろしくお願いします」
「ヨロシクネー」
「9月に入り、暑さも幾分和らいできました。さて、今週は何を改善されるのですか?」
「その前に、一つ報告があるヨ。中国で新しいウイルスの病気が発生したケド、隔離して治療しておいたネ」
「どのくらいの人を隔離したのです?」
「3人ダネ。ウイルス感染は、広がると厄介だカラ。かかった時は、ワレワレが強制的に隔離をするヨ」
「分りました。ところで今週の改善政策は何でしょう?」
「今週は、政策ではなくて、新しいサービスの宣伝ネ」
そう言って宇宙人が紙のテロップを出す。そこには『月面観光』と『月面サービス』という二つの言葉が書かれていた。
福竹アナウンサーが、少し不思議な顔で宇宙人に聞く。
「『月面観光』と『月面サービス』ですか。『月面観光』は、なんとなく分かりますが、『月面サービス』は何でしょうね? 想像もつきません」
「詳しくはこの二人が説明するネ」
宇宙人がそう言うと、姉ちゃんとレオ吉くんがテレビに出てきた。
始めにレオ吉くんが前に出て、説明を始める。
「動物ノ王国では、新たに『観光事業』を始めます。月面にある空いている住宅を使って、そこに宿泊してもらう形ですね。民泊という形を取るので、食事のサービスはありません。その分、お値段を安くしました」
金額の話になり、福竹アナウンサーの目つきが鋭くなる。
「それで、お値段はいくらになるのでしょう?」
「3泊プラン、5泊プランがありまして。3泊だと37,000円、5泊だと52,000円ですね」
レオ吉くんはそう言って、写真のパネルを出す。写真には森の中の一軒家が写っている。
普通の人にはコテージに見えると思うが、月面に行った事のある僕らは、それがレオ吉くんの家だという事が分る。
福竹アナウンサーが写真を眺めながら言う。
「なかなか良さそうですね。月面の過ごし方はどんな感じなんでしょうか? 何かアトラクションはありますか?」
「名所を紹介するVTRを用意しました。こちらをご覧下さい」
レオ吉くんがそう言うと、画面が切り替わる。
テレビには、東京ドゥーム53個分の広大な公園が映る。絵画のような花畑と湖が映し出された。
続いてスポーツ施設が表示され、6分の1の重力でスカッシュを楽しむ動画が流れる。
次に、月を一周する宇宙船と、地球をみながら食事を楽しめる展望レストランが紹介された。
VTRが終り、カメラがスタジオに戻ると、福竹アナウンサーがモニターに食い入るように見ていた。
「これは素晴らしいですね。月面がこんなに発展していたとは。ちなみにそれぞれの施設の利用料金は、お幾らですか?」
「公園とスポーツ施設は無料です。月一周のプランは予約が必要で、2万5千円かかります。展望レストランは、地上の食品会社と提携を結びましたので、地球上と同じ値段で食べられますね」
「おお、そうですか。私はレストランの料金が気になります。お高いんでしょう?」
「安いと思いますよ。いくつか例を上げますと、メェクドナルドゥの『月見セット』が690円。立ち食いそばで有名な、富土そばの『月見そば』が340円。牛丼の吉理家の『ねぎ月見牛丼』が460円ですね」
「……それは、想像以上に安いですね」
福竹アナウンサーが、なんと安さに驚いた。まあ、確かに安いのだが、もうちょっと質の高い提携先は無かったのだろうか……
おおよその滞在費が分ると、福竹アナウンサーは、ひとつ咳払いをして、こんな話題を振る。
「さて、お値段が安いのは分りました。ただひとつ、大きな問題があります。月への移動費は、いくらかかるのでしょう? これが安く無いと、我々庶民は行けません」
「移動費は、往復で1万8千円ですね。最寄りの駅まで、転送サービス付きです」
「かなり安いですね。人類の夢だった月の旅行を、その値段で提供できるのは格安だと思います…… ですが、さらに値段を下げて頂けないでしょうか?」
「え、ええと。それでは今の期間だけ、転送費を半額の9000円に。あと、朝食に焼きたてのパンのサービスをつけます」
「もう一声、お願いします」
「では……」
「もう一声!」
この後、気の弱いレオ吉くんに対して、福竹アナウンサーが徹底的に値引きの交渉をする。
最終的には、グループ割り1割引、家族割り2割引、月の周回の宇宙船3割引という所まで持って行かれた。
安くなるのは良いけど、ここまで行くと、レオ吉くんがちょっとかわいそうだ。
充分な値引きに成功して、満足げな福竹アナウンサーが、こんな質問をする。
「そういえば、もう一つの『月面サービス』って何でしょうか?」
その質問に、姉ちゃんが答える。
「そちらのサービスは、私から説明させていただきますね」
さて、どのようなサービスなのだろうか。




