月面旅行 25
トラックくらいの大きさの、ガラス張りの宇宙船を前に、レオ吉くんが言う。
「これからこの宇宙船で、月を一周してみようと思います」
「本当に、この船で行けるの?」
僕が確認をすると、レオ吉くんは、こう話を続ける。
「ええ、今回はおよそ2時間程度で、月を一周するプランです。あまり見る物がないので、興味が無いようでしたら、他の施設に遊びに行っても良いですけど、どうします?」
「これに乗りたい!」「行きたいわ!」「行かせてくれ!」
もちろん、全員が参加したいと即答する。
「わかりました。では乗りましょうか」
レオ吉くんを先頭に、僕らは宇宙船へと乗り込む。
宇宙船という話だったが、作りはほぼ、空飛ぶバスと同じだった。
普通のバスと違う点は、乗り降りのハッチが2重扉になっている点くらいだろうか。
分厚い扉を抜けて、中に入ると、レオ吉くんが僕らに言う。
「それでは空いてる場所に座って下さい。出発しますね。『テイクオフをお願いします』」
レオ吉くんが宇宙船に命令をすると、船の扉が閉まり、月面の基地から外へと通じるシャッターが開く。
宇宙船は音も振動もなく浮き上がり、シャッターから滑るように外へと出ると、真っ黒な空をどんどん上昇していく。僕らの居た月面の基地は、あっという間に小さくなってしまった。
ヤン太が落ち着かない様子でレオ吉くんに聞く。
「上昇が終って水平飛行になったら、立ち上がって移動してもいいかな?」
「いつでも移動して良いですよ」
「本当か? じゃあ、最前列に移動するぜ」
そう言って、前の窓ガラスに貼り付く場所に移動した。まるで電車の運転席の後ろに貼り付く子供だが、僕らもそれに続く。これを逃す手はないだろう。
窓の外には、灰色の大地、隕石の作った大小様々なクレーター、丘や山脈のようなものがどこまでも続いている。
この景色に魅入っていると、後ろからレオ吉くんが、こんな事を言う。
「うーん、やはりこの景色はすぐに飽きてしまいますよね」
「いやいや、そんな事はないよ。充分に面白いよ」
僕が全力で否定するが、レオ吉くんは、あまり乗り気になれないようだ。
「そうですか? 月に新しく施設を作る時、ボクは候補地の写真とか見せられるのですが、どれも同じ写真にしか見えなくて……」
キングが同情しながら言う。
「まあ、仕事で見る分には、この光景は苦痛かもしれないな……」
「ええ、それなので、この遊覧飛行の代金も、あまり受け取れないかと。せいぜい5000円くらいでしょうかね」
「はぁ? ふさけてるの?」
ジミ子が全力で切れた。
「国際宇宙ステーションまで行くだけで、費用が84億円かかるらしいわ。月一周の旅行だったら、大富豪なら百億円以上だって出すんじゃない?」
ジミ子が熱っぽく語るが、レオ吉くんは冷めた様子で答える。
「いやぁ、家族旅行で気軽に行く事を考えると、大人5000円、子供3000円くらいじゃないでしょうか」
あまりにも考えに落差がある。ジミ子の金額の付け方は高すぎだが、レオ吉くんも安すぎだ。ここはバランスを取るべきだろう。僕がみんなに話題を振ってみる。
「みんな、いくらなら、この遊覧飛行に参加する?」
それを聞いて、キングがスマフォで調べながら答える。
「ナスカの地上絵の遊覧飛行は、40分で120~170ドルらしいぜ。この宇宙船は2時間のプランだから、そう考えると300~500ドルくらいが相場かな?」
ヤン太が腕を組みながら答える。
「ざっくりと、3~5万円か。一人旅だと出せると思うけど、家族連れだと、結構な出費になるな」
「それなら家族割引を作れば良いんじゃないかしら?」
ジミ子が割引案を提示すると、レオ吉くんは更に安くしようとする。
「ナスカは『地上絵』という見るべき物があるじゃないですか、月はそんな物はありませんから、もっと安くしないと人が来ないと思います」
僕が話をまとめてみる。
「うーん、じゃあ一人2万5千円あたりはどう? 家族割引で、二人目からは1万円。このくらいなら出せるんじゃないかな?」
すると、ミサキがこんな事を言う。
「その料金だと、ドリンクバーがついていて欲しいわね」
「分りました。では、ドリンクバーを設置しておきますね」
レオ吉くんが返事をして、話がまとまってしまった。まあ、値段については、あとで姉ちゃんが、ちゃんと設定してくれるだろう。僕らは再び景色に集中をする。
月の上空を飛び続ける事、約1時間半。途中、地球や銀色の月が見えたりしたが、同じような風景を見続けて、流石に少し飽きてきた。
「ふあぁぁあ、ちょっと眠たくなって来ちゃった」
ミサキが大あくびをすると、レオ吉くんがこんな事を言う。
「もう少し頑張って下さい。唯一の見どころがそろそろやって来ます。ほら、そこが『静かの海』ですよ」
「もしかして、アレが見られるの?」
僕がレオ吉くんにたずねると、予想通りの答えが返ってきた。
「ええ、ポアロ11号の着陸跡地があります。着陸船の残骸も残ってますよ」
僕らの乗っている宇宙船の速度と高度が落ちていく。レオ吉くんが詳しく説明をする。
「今、飛行しているルートは、当時のポアロ11号の着陸ルートを再現したものです。実際には着陸はしませんが、かなり近くまで降りますよ」
やがて速度は完全に静止した。高度は、上空10メートルくらいに浮いていて、真下を見下ろすと着陸船の残骸と、完全に色あせてしまった旗が立っている。
ミサキが指をさして言う。
「おお、あれがポアロ11号ね」
「人類が初めて月に着陸した場所だな」
「あそこに月面車も残ってるぜ」
「ポアロ計画は、現在の価値だと12兆円の費用が使われたそうよ」
ヤン太とキングとジミ子がしみじみと言う。
「宇宙人の技術が無かったら、こんな所にはこれなかったね」
「そうですね。それにまさか、この衛星に住めるなんて思ってもみなかったですね」
僕とレオ吉くんも、ポアロ11号の残骸をジッと見る。人類の歴史的な一歩を、この目で見られるとは、感慨深いものがある。
5分ほど、静止した後で、僕らの宇宙船は再び動き始める。レオ吉くんが僕らに言う。
「あとは帰るだけですね。15分ほどで到着します。今回の旅行はどうでしたか?」
「面白かった」「楽しかったわ」「最高だった」
ヤン太とジミ子とキングが絶賛する。もちろん僕も同じだ。
「最高に良かったよ」
そんな中、ミサキがため息交じりに言う。
「はぁ、夏休みが終わっちゃうな……」
「まあ、今年はいつも以上に遊んだから良いんじゃないかな」
僕が励ますと、ミサキはこう答えた。
「そうね、まだ宿題は終わってないけど」
「「「えっ?」」」
全員が驚いた返事をする。あれだけ一緒に勉強したのに、まだ宿題が終わっていないとは……
宇宙船は月面基地に戻り、再び出入り口のハッチが開く。
レオ吉くんが気を利かせて、僕らに聞いてきた。
「どうしましょう? 宿題がまだなんですよね? 少し早いですが、帰りますか?」
「大丈夫よ、イケヤのフードコートで、ゆっくり軽食でも食べて行きましょう」
宿題の終わっていないミサキが、のんびりと余裕を見せる。
「ええ~、でもマズくないですか?」
あせるレオ吉くんに向って、ジミ子があきれながら言う。
「まあ、宿題を終えられなくて怒られるのはミサキだから、気にせずゆっくり行きましょう」
「大丈夫だって。ちゃんと終わらせるから平気よ」
ミサキは自信満々に言うが、これはかなり怪しい。
この後、僕らはイケヤでゆっくりと時間を潰して、家に帰った。
レオ吉くんの都合さえつけば、また遊びに来てみたい。




