月面旅行 20
月での展望レストランの話をしていると、ミサキがこう言った。
「食べ物の話をしていると、お腹が減ってきたわね」
時刻は夕方の4時半。晩ご飯にはまだ早いが、レオ吉くんがみんなに聞く。
「そろそろ運動を切り上げて、晩ご飯の買い出しをしましょうか。おっと、その前にシャワーですかね。この運動施設にも、もちろんシャワーはありますよ」
それを聞いて、ヤン太がこんな事を言う。
「俺たち、着替えを持ってきてないぜ。シャワーを浴びた後に、汗まみれのシャツとか着たくないな」
「大丈夫ですよ。ロボットに持ってきてもらえばいいんです。手配しますね」
そう言って、レオ吉くんはどこかに電話を入れる。
僕らが歩いてシャワールールへと移動すると、そこにはロボットが既に待機していた。
「お届けに参りまシタ」
ロボットはビニール袋を差し出してくる。中身はもちろん僕たちの着替えだった。
手早くシャワーを浴びると、僕らはスーパーマーケットへ移動をする。
どこだってドアをくぐり抜け、歩くこと約3分。僕らは倉庫のような巨大なスーパーマーケットに到着した。
このスーパーに来るのは2度目なのだが、昨日と大きく違う点があった。昨日はほとんど人が居なかったのだが、今は人間と二足歩行の動物たちが溢れ、活気が満ちている。
「今日は特売日なのかしら?」
ジミ子がこの光景を見て言うと、レオ吉くんが説明してくれる。
「いえ違うと思います。昨日、このスーパーで調理の実演販売をやったら『お客さんを呼び込める』という話をしたの覚えてますか?」
「覚えているわよ。もしかして、もう実戦したの?」
「ええ、人を呼ぶために、簡単な広告を打ったらしいんですが、まさかこんなに来るなんて……」
レオ吉くんがちょっと驚きながらつぶやいた。
「まあ、とりあえず入ってみようぜ」
ヤン太がショッピングカートを持ってきたので、僕らはスーパーの中へと入る。
入り口付近は野菜売り場なのだが、入ってすぐの場所に人だかりが出来ていた。
「どんな試食ができるのかしら?」
ミサキがさっそく実演販売で作っている料理を覗く。
『牧草のラザニア』『草のペレットのソテー』『トウモロコシの蒸しパン』
どうやら草食動物用の食事がメインらしい。『トウモロコシの蒸しパン』は人間でも食べられそうだったが、作っている所を見ると、トウモロコシの芯も砕いて入れていた。
「これ、美味しいわね」「作り方も簡単みたいだし、今晩、作ってみようかしら」
二足歩行の牛と馬の人が、蒸しパンをバリバリと音を立てて食べている。芯の部分は、かなり硬そうで、やはり人間では食べられそうにない。
ミサキが料理を見ながら、真剣に考えている。
「牧草のラザニア、美味しそうね。ほうれん草だと思えば食べられそう」
「人間用の試食もあると思いますから、ここは見送りましょう」
レオ吉くんに説得されて、僕らは先へ進む。
野菜売り場の次は、肉売り場にやってきた。ここでも実演販売をやっている。
『サイコロステーキ、チャオチェール風味』『レバー肉のブラッドジュース』『肉のあんかけチャーハン』
『肉のあんかけチャーハン』は、食べられそうな感じがしたが、ドッグフードを使っていたので、人間には向かないだろう。
「チャオチェールって人間が食べても平気なのかな? あれって、かなり美味しそうじゃない?」
「いや、やめておいた方が良いですよ」
ミサキはレオ吉くんに止められて、僕らは次の場所へと移動する。
しばらく進むと、また人混みが出来ていた。後ろから覗いてみると、どうやらここは人間用らしい。
『シーフードパエリア』『カレー風味の鍋』『肉豆の焼き鳥風』
ごくごく普通の料理が並んで居た。一安心して、調理の実演を見ようとした時だ。後ろから声をかけられた。
「レオ吉殿下。ご機嫌、麗しくございます」
振り返ると、先日、このスーパーで出会った、国会議員のハウルさんだった。
レオ吉くんがハウルさんの対応をする。
「こんにちはハウルさん。しかし凄い人混みですね、こんな人混みは初めてかもしれませんね」
「そうですね。この実演販売に関して、チラシを配ったのですが、ちょっとした細工をしてみました」
「どんな細工なのです?」
「これがそのチラシなのですが、分りますか?」
ハウルさんがチラシを渡してくれる。僕はごく普通のチラシに見えたのだが、ミサキがすぐに反応した。
「このチラシから、食べ物の匂いがするわ」
それを聞いて、ハウルさんが驚いた様子で答える。
「正解です。本当は、料理の部分をこすらないと、匂いが漂ってこないのですが、よく分りましたね」
「ええ、はい。なぜかすぐに分りました」
さすがミサキだ。ちなみに僕らは、こすってから、チラシに鼻を近づけないと分らなかった。
レオ吉くんが感心しながら、ハウルさんに言う。
「なるほど、動物ノ王国の住人は、匂いには敏感ですからね。これなら食欲も湧くと思いますし、素晴らしいアイデアだと思います」
「いえいえ、私のアイデアなど、大した事はありません。この人混みは、料理のレシピを提供してくれた、陛下のおかげですよ。さて、私も買い物がありますので、それでは失礼します。遅くなると妻にどやされてしまいますので」
ハウルさんはそう言って、スーパーの奥の方へ消えていった。
「レオ吉くんが、このレシピを考えたの?」
僕が聞くと、レオ吉くんは平然と答える。
「ええ、まあ、人間用のメニューだけですけど」
それを聞いて、ヤン太が思い出したように言う。
「そう言えば、今晩のメニューはどうしよう? まだ決めていなかったな」
「ここに試食品があるから、これを喰って、多数決で決めれば良いんじゃないか?」
キングの提案で、僕らは試食してから、今晩のメニューを決める事となった。
結果は、パエリア2票、カレー風味の鍋3票、肉豆の焼き鳥風1票となり、カレー鍋に決まる。
メニューが決まったので、食材を買おうとした時だ、ジミ子がこんな提案をする。
「カレー味だったら、大抵の食材はまとめてくれると思うの。それぞれ好きな食材を入れてみない?」
「いいですね。面白そうです」
意外にもレオ吉くんが話に乗ってくる。
「『チャオチェール』って、火を通せば食べられるわよね」
「やめろ」「やめて」「やめてよ」「やめて下さい」
ミサキの提案は、すぐさま全員に却下された。
この後、それぞれが食材を持ってくる。
ヤン太は鳥肉風味の肉豆、キングは長ネギ、ジミ子は厚揚げ、レオ吉くんは白菜、ミサキはモッツァレラチーズを、丸ごと持ってきた。僕は何にしようか迷ったが、昨日、公園で釣ったブルーギルがあるのを思い出した。あれを入れれば良いだろう。
食材を買うと、レオ吉くんの家に戻り、早めの晩ご飯にする。
鍋なので、食材をザックリと切って、放り込むだけだ。
鳥肉の旨みは、鍋に溶け出し、スープは、長ネギ、厚揚げ、白菜に染みこんでいく。ブルーギルは、淡泊な味なので邪魔をしない。モッツァレラチーズは、意外にも、それぞれの味を取りまとめてくれる。このカレー味の鍋は、凄く美味しかった。
鍋を囲いつつ、2日目の夜は更けていく。




