月面旅行 18
僕らはテレビで見たことのある、おなじみの宇宙服に袖を通す。レオ吉くんがこんな説明をする。
「見た目はNASΑの宇宙服ですが、かなり改良したので、着心地は良いと思いますよ」
以前、宇宙服に似た農作業用のパワードスーツを着たときは大変だった。狭いブーツの中に、押し込むように足を突っ込んだり、ひねるようにして手をねじ込んだりしたのだが、今回はそれがない。多少は窮屈だが、いつも着ている学ランの締め付けとあまり変らないくらいだ。
宇宙服を着終わると、僕らは自転車に乗って建物の中を移動する。月面の重力で自転車に乗るのは初めてだが、学校の廊下のような通路を自動車で走るのも初めてかもしれない。
2分ほど走ると『これより先、立ち入り禁止』と書かれている、ものものしいドアの前にやってきた。
「このドアに入りますよ。ここから先は2重のハッチになっていて、外に出られます」
レオ吉くんの声が、宇宙服のスピーカー越しに聞えてきた。僕らは自転車を降りて、手で押しながらドアの中へとはいる。
扉に入ると、宇宙服のスピーカーから、こんな声が聞えてきた。
「装着チェック、OKデス。着脱のロックが掛かりまシタ。この先のエリアでは、服を脱ぐことができまセン」
ブシューという空気の抜ける音が聞えてきて、しばらくすると無音になった。やがて入り口とは反対側のハッチが開く。そこには暗い宇宙の空と、灰色の大地が広がっていた。
「いくぜ!」「いくわよ!」
ヤン太とミサキが自転車に乗って飛び出していく。
二人とも、かなりのスピードで飛び出したので、後輪が空転し、大量の砂とホコリを巻き上げた。重力が低いので、舞い上がった砂とホコリはゆっくりと落ちてくる。
この場所で、急いで走る必要は無いだろう。残された僕たち4人はゆっくりと走り出す。
灰色の大地は、基本的には砂でできているらしい。車輪を少し取られるが、太いタイヤと低重力の影響で、まるで新雪の上を滑るように走れる。
「オフロードの道なので、厳しいと思ったら空を飛んで下さい。空飛ぶ自転車なので、そちらの方が楽だと思います」
レオ吉くんがアドバイスしてくれるが、月面を走る貴重なチャンスだ、僕はこの申し出を丁重に断る。
「もう少し地面を走ってみるよ。この感覚はココでしか味わえないと思うし」
「そうですか、分りました。ひとまずあの丘の上を目指しましょう」
レオ吉くんがナビゲーションの矢印を表示した。僕らは矢印の先を目指す。
自転車を15分ほど漕いで、僕たちは目的地へとついた。この丘の頂上は、どうやら巨大なクレーターの縁の上らしく、辺り一面が見渡せる。
ミサキが正面を指さしながら、叫ぶ。
「『銀色の月』があんなに近くに見えるわ」
今まで丘に隠れて、よく見えなかった銀色の月が、丘の頂上に上がった事により全貌を現した。
繋ぎ目の無い、水銀のような巨大な宇宙人の船は、手を伸ばせば届きそうなほど近く見える。
「振り返って見て下さい、動物ノ王国が見えますよ」
レオ吉くんに言われて、僕らは振り返る。
すると、そこにはクレーターの中止に収まるようにして、動物ノ王国の月面住居があった。
ジミ子がこの光景をみながらつぶやく。
「こうしてみると大きいけど、国家として考えると小さいわね」
「そうですね。縦横、およそ25キロで、面積は600平方キロメートル。東京23区くらいの大きさでしょうか。国として考えると、かなり小さいですね」
するとキングがこう言った。
「でも、まだまだ拡張できるだろ? 月面の極一部しか使ってないんだから」
「そうですが、国民が増えないと、これ以上、広げても意味のない気がしますね」
「まあ、そうか。現状でも土地は充分すぎるほど余ってるみたいだしな……」
キングの言うとおりだ、あの住環境はうらやましすぎる。これ以上庭を広くしても、管理できなくなるだけだろう。
ヤン太が別の方向を指さして言う。
「あっちには地球があるな。月からだと、かなり大きくみえるな」
月の直径は3,474km、地球の直径は12,742kmで、およそ3.6倍ある。地球から月を見ても、月から地球を見ても、距離は変らないので、つまり地球から見る月の3.6倍の大きさに見えるわけだ。
真っ暗な宇宙に浮かぶ、青い巨大な惑星を、僕らは感慨深く見つめ続ける。
「あっ、なんかトイレ行きたくなっちゃった」
青い地球を見て、水を連想したのか、ミサキがとんでもない事を言い出した。レオ吉くんが焦りながら説明する。
「もちろん、ここで宇宙服を脱ぐ訳には行きません。急いで戻るか、漏らすかです」
「戻りましょう! 帰りは下り坂だし、空飛ぶ自転車で、空中を滑空すれば間に合うわ!」
僕らは急いで月面の基地へと戻った。
帰りは下りだったので、ギリギリ間に合ったが、かなり危ない状態だった。
あの場所には、トイレ小屋を作った方が良いかもしれない。




