月面旅行 16
「そうだな。じゃあ、キャプテン・ツマサみたいな攻め方をしてみるか!」
ヤン太がボールを蹴り出し、試合が再び始まる。
ヤン太からパスを受けた僕は、一端、足元で止めようとすると、ヤン太から注意された。
「ボールが重いから止めようとするな。とにかく勢いをつけて前に蹴り出せ」
僕はいわれた通り、体重を掛けて思いっきり前に蹴り出す。すると、蹴った反動で後ろに少しよろめいた。
「ふふん、甘いわね」
何も考えずに前に蹴ってしまったので、近くにいたジミ子がパスをカットする。
「うわっ!」
地上と同じ感覚で軽くボールに触れたらしく、ジミ子はボールに足を取られて、ベチャッとコケた。痛そうに見えるが、重力が100分の1なのと、耐衝撃の防具をつけているので大丈夫だろう。
ヤン太が前方に走りながら指示を出す。
「レオ吉くん、後ろから上がって来て、高めのパスを上げてくれ。ツカサはこっちに来てくれ」
「分りました」「分ったよ」
レオ吉くんはジミ子が取りこぼしたボールを拾い、そのままボールを高く上げた。
一方、ヤン太は僕の前に走り出ると、フィールドに仰向けに寝転んだ。
「えっ、何をやっているの?」
僕は意味不明な行動に戸惑っていると、ヤン太は僕に足の裏を見せ、こう言った。
「決まってるだろ、合体技の『スカイ・ラブ・タイフーン』をするのさ」
「えっ、そんなの無理だよ。小学生の時、さんざんやって一度も成功しなかったじゃない」
「大丈夫だ、この環境なら行ける。こいツカサ!」
恐る恐るヤン太の足の上に乗る。次の瞬間、僕は空中のボール向けて打ち出された。
「いっけえぇぇ、ツカサ!」
「うわぁぁあ!」
空中を吹っ飛びながら、僕は悲鳴を上げる。
空を飛びながら、僕はなんとか冷静さを取り戻す。ボールとゴールの位置を確認して、なんとかヘディングシュートを狙おうとする。
すると、ゴールポストの上に乗っかって、立っているミサキが見えた。
「ふふふ、『スカイ・ラブ・タイフーン』で来ると思っていたわ。迎撃の準備はできているわよ、とう!」
そういってミサキはジャンプをして、こっちに突っ込んできた。
「ちょ、ちょっと。もう、どうなっても知らないよ」
ヤン太の送り出した位置が良かったらしく、僕はボールを上手く捕らえて、そのままゴールへと押し込む。
「い、勢いに勝てない! ぐわあぁぁぁ!」
こちらの方が勢いがついていたらしく、ミサキはボールと共にゴールへと吹っ飛ばされていく。
「おい、ちょっと待て、コレを止めなきゃいけないのか」
キーパーのキングはミサキの体ごとボールを押さえ込む。ガガガと、かなり後ろに押し込まれたが、キングはなんとかボールを止める事に成功した。すると、ピーという笛の音が鳴った。
ロボットの審判が笛を吹いて、イエローカードを僕に向けて、こう言った。
「あのジャンプは非紳士的行為になりマス。ツカサ選手は警告デス」
「二人がかりのジャンプは、やっちゃダメなのか……」
「ハイ、そうデス。」
そう言いながら、ロボットは次にレッドカードをミサキに突き出した。
「ゴールポストに登るのは反則デス。ミサキさんは退場になりマス」
「えっ、うそ! マンガだと大丈夫だったわよ」
「明らかに反則デス」
この後、僕たちはペナルティーキックの権利を獲得し、ヤン太がゴールを決めた。この環境だと、ペナルティーキックを止めるのは、ほぼ不可能だ。上手くボールに触れる事ができても、そのままゴールに押し込まれてしまう。
3人対3人の試合で、一人が退場になると、もう試合の行方は決まったようなものだ。
そこでミサキからこんな提案があった。
「ねえ、この試合では『キャプテン・ツマサ』に出てくる技は、すべてOKにしない?」
「いいぜ、そっちの方が面白そうだからな。じゃあ、さっきのイエローとレッドカードは取り消しで、得点は1対1、そっちのボールから始めよう」
ヤン太がミサキの提案を受け入れて、試合が再開される。
「ジミ子、行くわよ!」
ミサキのパスで、ジミ子にボールが渡った。
「ツカサ、殺人スライディングだ!」
僕とヤン太が二人がかりでスライディングをする。
「危ないわね。一端、後ろに回すわ」
ジミ子は後ろのキングにパスをした。ボールを持っていないジミ子にスライディングをする事はルール違反だが、ヤン太は構わず突っ込む。
「ジミ子、ここは『キャプテン・ツマサ』の世界だぞ、甘いぜ」
「うわっ」
スネにスライディングを受けたジミ子は、バランスを崩してコケた。通常の試合だと、明らかに反則だが、審判の笛はならない。
ヤン太はそのまま地を這うように、キングに襲いかかる。すると、キングは構わずキックの体勢に入る。
「その体勢だと、踏ん張れないぜ!」
キングはそのままボールごとヤン太を蹴り出した。体重の軽いヤン太は、そのまま吹っ飛ばされる。
「くそぅ、あそこは静止して、踏ん張らないとダメか……」
この後、吹っ飛ばす、吹っ飛ばされるといった、フットサルやサッカーというよりも、ラグビーや格闘技に近い競技を僕らは楽しんだ。低重力なので、転んでも、壁に叩きつけられても、全く痛くない。僕らは充分に『キャプテン・ツマサ』の世界を堪能する。
やがて、時間が過ぎて、試合終了となった。7対8で、僕らのチームは負けてしまったが、とにかく楽しめた。しかし、マンガの原作を知らないレオ吉くんは、ちょっと置いてけぼりを喰らっていたみたいだ。




