月面旅行 15
僕らは家具屋のイケヤのフードコートに来ている。このフードコートは持ち込みOKなので、店で注文したミートボールと、持ってきたサンドイッチを交互に口にほおばる。
食事を取りながら、午後の予定について軽く話し合う。
僕がレオ吉くんに聞いてみる。
「午後はどうしようか?」
「そうですね。さらに低重力の環境で、フットサルなんかはいかがでしょう」
「低重力って、重力がコントロールできる体育館でもあるの?」
「ええ、あります。100分の1の重力でやってみようと思いますが、どうでしょうか?」
話を聞いていたヤン太が、思わず声を上げる。
「100分の1か、面白そうだけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。念のために『耐衝撃』の防具はつけてもらいますけど」
キングが想像しながら言う。
「ゲームやマンガの世界みたいな動きができそうだな」
「そうですね。やろうと思えば出来ると思います」
「それは楽しそうだ。やってみようぜ!」
こうして、午後はフットサルから遊ぶ予定となった。
食事が終り、僕らは再び運動施設に戻ってきた。
まずはチーム分けをする。僕とヤン太とレオ吉くん、ミサキとジミ子とキングのチームに分かれた。
みんなが『耐衝撃』の防具をつけ終わると、レオ吉くんが説明をする。
「これから100分の1の重量でフットサルをやります。ルールは従来通りなのですが、ひとつ大きく違う点があります。それはこのボールです」
ロボットがボールを持ってきたが、普通のフットサルで使うボールと変わりないようだ。
「とりあえず、重力を100分の1にしますね。変えて下さい」
レオ吉くんが近くに居たロボットに言うと、体がフワッと軽くなる。100分の1という事は、体重50キロの人は500グラムにしかならない。10センチのジャンプは10メートルものジャンプに変ってしまう。
ヤン太が軽くジャンプをして、両手で天井にタッチをする。そして、両手を押し出すようにして、ふたたび地面へと戻ってきた。天井までの高さは低くはない、15メートルくらいはあるだろう。
「すげぇ、簡単に天井までとどくな」
ヤン太が感想を言うと、レオ吉くんがアドバイスをする。
「そうですね。しかし、不用意なジャンプはしない方が良いかもしれません。空中では方向を変えられませんから。ちなみにフットサルのコートは端から端まで40メートルほどありますが、一歩で行けると思いますよ。少し慣れる為に歩いてみましょうか」
僕たちはコートをグルグルと何周か歩いてみるが、これが難しい。少しでも力を入れてしまうと、大きく跳ね上がり、空中を漂う事になる。空中遊泳は楽しいが、これでは試合にならない。
ジャンプしない様に、色々と歩き方を試してみる。どうやら、剣道のすり足のように移動するのがよさそうだ。
みんなが歩けるようになると、レオ吉くんが説明を再開する。
「ええと、もう一度、説明しますね。ルールは従来通りなのですが、ボールが通常とは大きく異なります。ボールの重量が、およそ100倍の43キロあります」
すると、ミサキが大きな声を上げた。
「よ、43キロですって。そんなボールを蹴ったら、足が折れるんじゃないの?」
「いえ、大丈夫です。重力が100分の1なので、ちょうど地上と同じ重量に感じるはずですね」
「あれ? あっ、そうか。でも、なんでそんな重いボールを使うの?」
「軽いと飛びすぎるからですね。一度、従来のボールで試してみたんですが、あまりにも飛びすぎて、すぐに場外になってしまい、まともな試合になりませんでした」
それを聞いて、キングがつぶやくように言う。
「そうか、ボールも100倍、跳ねるような物か」
「そうですね。そんな感じです」
ジャンプが100倍になるなら、ボールの飛距離も100倍という訳か。確かにそれだと、制御は不可能に近いだろう。飛びにくい43キロのボールを使う理由も分る。
「とりあえず、試合をしてみるか、先攻と後攻をジャンケンで決めよう」
ヤン太とミサキがジャンケンをして、ミサキが勝って先攻を選んだ。スタートのキックはジミ子が行なう。
「いくわよ、えい」
ジミ子が軽く蹴り出すと、ボールはミサキの方に転がる。普通のフットサルと変らないように見えたが、ジミ子が後ろに大きくよろめいた。
「そのボール、重いから反動がすごいわよ」
ジミ子がみんなに警告を出す。なるほど、『作用、反作用の法則』で、前に蹴り出すと後ろ向きに力が働くわけか。
パスを受けたミサキは、足元でいったん止めようとするが、それが出来ない。
「お、重くて引きずられる。いいや、むりに止まらずに、このまま進みましょう」
ミサキが強引にドリブルを開始した。
ミサキはそのまま真っ直ぐゴールへと向っていく。
とりあえず僕は進路上に立ち、ミサキの行く手をふさぐ。すると、ミサキは構わず突っ込んできた。
「甘いわよ!」
ミサキは僕にタックルをしてきた。ここは重力は100分の1なので、大した衝撃は無かったが、体重が軽くなっているので、僕は5メートルくらいは後ろに吹き飛ばされた。ミサキはそのまま進んで行く。
「させるか!」
ヤン太が低空を滑るようなスライディングでボールを狙う。
「それも甘いわ! でりゃー」
ヤン太の足がボールに触れた瞬間、ミサキはタイミングを合わせてキックを放つ。すると、ビリヤードの球を弾くように、ヤン太の体が弾き出される。
「ええっ、うそだろ!」
吹き飛ばされるヤン太。ミサキの進撃は止まらない。
「うりゃあー」
ゴール前に来たミサキは、そのままシュートを放つ。キーパーはレオ吉くんがついている。レオ吉くんは真っ正面からミサキのシュートを受けた。
「い、勢いが強すぎます……」
レオ吉くんはボールをキャッチしたのだが、スピードが乗ったボールの勢いは止まらず、そのままゴールへと押し込まれた。
「いやったぁ!」
ガッツポーズで喜ぶミサキ。
ボールが重いと言うか、体の重さがボール並しかないと考えた方がよさそうだ。
ボールを中央に置き、今度は僕らのチームの攻めから始まる。
「人が軽く吹き飛ばされるなんて、サッカーマンガのキャプテン・ツマサみたいだね」
「そうだな。じゃあ、キャプテン・ツマサみたいな攻め方をしてみるか!」
ヤン太がボールを蹴り出し、試合が再開した。




