月面旅行 11
「ピンポーン」
寝ていると、玄関のチャイムが鳴り、慌てて飛び起きる。
スマフォの時間を見ると、時刻は8時45分。どうやら少し寝過ごしてしまったらしい。
慌てて玄関に出ると、ロボットが5体、外に待っていた。
「お掃除の時間デス。しらばくの間、外で待機してもらえると助かりマス」
「ああ、うん。ちょっとだけ待ってね」
僕はヤン太とキングを起こすと、家の外に出る。
庭先に置いてあるアウトドアチェアに座り、外の景色を見ながら眠気を覚ます。
僕が朝の森を見ながら、ポツリとつぶやく。
「本当に良い場所だよね」
「ああ、本当に良い場所だよな」
寝ぼけ眼でヤン太が答える。
「Wi-Fiも驚くほど早いし、ネット注文は直ぐに来るし、引きこもるには最高かもしれないな」
キングがスマフォをイジりながらそう言った。確かにここなら永遠に引きこもって居られるだろう。
のんびりと、そんな会話をしていると、一体のロボットが声をかけて来た。
「お飲み物をお持ちしマスか? 眠気覚ましのエスプレッソコーヒーはいかがデス?」
「ああ、じゃあ、それを三つ頼む」
ヤン太がそう言うと、すぐに小さなコーヒーが3つ出てきた。濃くて苦いコーヒーを口に含むと、眠気が一気に遠のいた。
「終わりまシタ。失礼しマス」
小さなコーヒーを飲み干す前に、ロボットが出てきた。
「もう掃除は終わったのか?」
キングが聞くと、ロボットは答える。
「ハイ、終わりまシタ。他に何かご用の時は、呼び出しボタンを押して下サイ」
そう言い残すと、隣の家へと移動していく。僕らは部屋に戻ると、部屋の中はキッチリと掃除されていた。ベッドのシーツも新しくなっていて、シワ一つ無い完璧な仕上がりだ。
「こりゃ二度寝が出来ないな。時間も時間だし、着替えてレオ吉くんの家に行くか」
ヤン太はそう言って着替え始めたので、僕らも外出する支度を始める。
今日は一日中、スポーツ施設に行く予定なので、ジャージに着替えた。
準備が出来ると、隣のレオ吉くんの家に行く。
家の庭先にはテーブルと椅子が設置されていて、レオ吉くんとミサキとジミ子がサラダを食べていた。
ミサキが僕たちを見て、声をあげる。
「遅いわ。サラダが無くなっちゃうわよ」
テーブルの上には、かなり大きなサラダボウルが置かれているが、中身はほとんど無くなっている。おそらくミサキが食べたのだろう。
「パンとかご飯とか、主食が無いな。ミサキに全て喰われたか?」
ヤン太がそう言うと、ジミ子が教えてくれる。
「安心して、まだ主食は届いてないみたいだから」
「なにかネットスーパーで注文をしたのか?」
キングが聞くと、レオ吉くんが答えてくれる。
「朝の限定のサービスですね。ちょうど良く来たようです」
ロボットが大きな荷物を持ってやってきた。レオ吉くんは段ボールのような容器を受け取ると、そのまま机の上に置く。
「焼きたてのパンの配送サービスです、どうぞ」
焼きたてのパンは、まだ温かく柔らかい。僕らはこのご馳走を、食べながら話をする。
パンを食べながら、今日の予定を確認する。
「今日は、一日中、スポーツ施設だよね」
「ええ、その予定です。飽きるまでスポーツ施設で遊ぶ感じですね。お昼は、このパンの残りを、サンドイッチにして持っていく予定です」
ジミ子が心配そうに言う。
「パンが、誰かさんに食べられて、ほとんど残っていないんだけど、大丈夫かしら?」
「……そうですね、足りなくなったら、またイケヤのフードコートに行って食べましょう。移動時間はあまりかかりませんから」
食事を食べ終わると、僕らはスポーツ施設へと移動する。
スポーツ施設へは、あっという間に着いた。どこだってドアでワープをして5分くらいで到着する。
「これだったら弁当を持って来なくても、食事を食べに戻っても良かったかもな」
「そうですね。それでも良かったかもしれませんね」
あまりに便利なので、キングがそう言った。確かにその通りかもしれない。基本的に月面ではどこだってドアで移動するので、あっという間にたどり着く。
スポーツ施設は、大きく二つに別れるようだ。レオ吉くんが説明してくれる。
「こちら側が屋外のグラウンドをイメージしたエリアですね。陸上競技に使う400メートルトラックから、野球場、サッカー場、テニスコートと様々な競技に対応しています。中には特殊な競技もあります」
僕が質問をする。
「特殊な競技ってなに?」
「いくつかありますが、人気のあるのは『ディスクドッグ競技』でしょうか。フリスビーを投げて、走っていって口でキャッチする競技ですね。あれは人間がやるとなると、ほとんど不可能だと思いますが」
「ああ、確かにそれは無理だね」
すると、ヤン太がからかうように言う。
「投げるのをフリスビーじゃなくて、食パンとかの食べ物にすれば、ミサキなら行けるんじゃないか?」
「行けないわよ」
ミサキは直ぐに否定したが、僕は走って食パンに食らいつくミサキの姿を想像できてしまった。ミサキなら行けるんじゃないだろうか。
レオ吉くんが話を続ける。
「『ディスクドッグ競技』は人間には無理だと思いますが、他にも競技について問題があります。ここにある野球場とかサッカー場とかは、まともに使われた事が無いんですよ」
ジミ子が不思議がって聞く。
「どうして?」
「野球だと、1チーム最低9人で、試合をやるには18人必要です。サッカーだと試合をするには最低22人。動物の国では、スポーツをやる競技人口が少なすぎて、試合をする人数が確保できない状態です」
……なるほど、離島や過疎の田舎の学校みたいに、人が少なすぎて試合さえ出来ない状態なのか。
試合が出来なければ、練習してもしょうがないので競技人口が増えない。競技人口が増えないから、試合が出来ない。悪循環のループにはまっている気がする。
「あっちのビルのような建物は何だ?」
キングがグラウンドと反対側にある、立派な建物を指さして言う。
レオ吉くんは丁寧に説明してくれる。
「あそこは体育館、フィットネス用具、屋内プール、スケート場などがある施設ですね。バスケットコートやアイスホッケーなども出来ますが、そちらの球技のコートは、人数の関係で……」
「ああ、使われてい無いんだな」
「ええ、このスポーツ施設は東京ドゥーム12個分はありますが、7割くらいは使われてない気がします」
ここでも人数の問題が出て来た。まあ、この問題を解決しようとすると、人口が増えるのを待つしかないだろう。
ヤン太が思い出しながら、レオ吉くんに聞く。
「たしか昨日の話だと、月面の重力でスポーツが出来る場所があるんだよな?」
「ええありますよ。こちらです」
僕らは体育館の中に入り、そのまま奥へと進んでいく。
かなり進んだ後に、SF映画の『スター・ウォーフ』に出てくるような、未来的なドアが現われた。
そのドアには、こんな注意書きが書かれている。
『これより先、地球の重力の6分の1』
「この先から重力が変ります。気をつけて下さいね」
レオ吉くんが、そう言いながらドアを開けて中に入る。僕らはその後に続いた。




