月面旅行 10
山のような食材を抱えて、僕たちはレオ吉くんの家に戻ってきた。この食材の量は、もちろんミサキの腹を満たすためだ。
家に帰ると、レオ吉くんはどこかに送るメールを書き出した。
「誰にメールを書いているの?」
ミサキが質問をすると、レオ吉くんが答える。
「バーベキューグリルと冷蔵庫のレンタルですね。バーベキューグリルはボクも持っていますが、小型なので、この人数は厳しいでしょう。冷蔵庫は、入りきらないからですね」
それを聞いてジミ子が謝る。
「ごめんなさい。余計な費用とか掛けてしまって」
「いえ、ちゃんとした理由があれば料金は掛かりませんよ。今回は無料でしょう」
「それなら良かったわ」
それを聞いてジミ子が安心する。今回は無料らしいが、もし追加で費用が掛かるなら、レオ吉くんだけに払わせるのではなく、僕らで折半するべきだろう。
メールを送り終わると、レオ吉くんは自分の冷蔵庫をチェックする。
「昼間に釣った魚が、3枚におろされて届いています。食材は肉豆もあるので、とりあえず4匹分くらいを出しますか?」
その様子を見ていたヤン太が、レオ吉くんに聞く。
「それって、配送で来たヤツだよな。なんで冷蔵庫に入っているんだ? 配送だったら玄関に段ボールで届くんじゃないのか?」
「地球だとそうですが、この国では『勝手にロボットが入室しても構わない』からですね。冷蔵の食べ物の配達は、傷まないように冷蔵庫の中に入れてくれます、洗濯物の配達は指定しておけばタンスの中へしまってくれます。プライベートを気にする人は、ロボットが勝手に入ってこないように設定ができますが、何かと便利なので、ほとんどの国民は入室を許可してますね」
「ああ、確かにその方が便利だな」
ヤン太が納得する。これなら留守の時でも置いていってくれるので、宅配便の予定に合わせて家に居る必要がない。スーパーに行かずにネットで購入する人たちが、圧倒的に多数派だと言うのも納得だ。
そんな話をしていると、家のチャイムが鳴り、レオ吉くんが出て行く。
どうやら冷蔵庫とバーベキューグリルが来たらしい。レオ吉くんがメールを送って3~4分くらいだろうか、早すぎる。
「レオ吉くん、ちょっと来るのが早すぎない?」
「そうですか? だいたいこのくらいですよ。ネットスーパーも、注文すれば10分以内に届きますし」
レオ吉くんは平然と答えた。この時間が月面の常識なのだろう。あまりにも通販が便利すぎる。
「バーベキューグリルは家の中でやりますか? それとも外でやりますか?」
「私は外が良い」「俺も」「私も」
ミサキとヤン太とジミ子が外を希望したので、夕食のバーベキューは外でやる事になった。
大型の電気で動くバーベキューグリルを庭に置いて、電気を引いてくる。冷凍食材のいくつかは、電子レンジで解凍をして外のテーブルの上に運び、調味料をそろえてると、もう食事の準備は完了だ。
「それではどんどん焼いていきますね」
料理の上手いレオ吉くんが食材を次々に焼いていく。
ブルーギルは、半生のタタキ風と、小麦粉を軽くまぶしてバターソースで食べるムニエル風。あとはカレーパウダーを振りかけたカレー焼き。どれも表面がパリッと焼けていて美味しかった。ロボットが下処理で魚の骨を取ってくれているみたいで、とても食べやすい。
肉豆は塩を軽くふって、じっくりと焼き上げる。焼き上がったら、各自、好みのタレを漬けて食べる。定番の焼き肉のタレから、和風の醤油ダレ。こってりとした味噌と、さっぱりとした塩ダレ。味を変えて僕らは食事を楽しんだ。
食べ始めて15分ほど経ち、お腹がだいぶ膨れてきた。ジミ子がこんなリクエストをする。
「そろそろ野菜を中心に焼かない? さっぱりとした物が食べたいわ」
「私はまだまだ行けるけど」
ミサキはそう言うけれど、僕は気にせず話を続ける。
「たしかトウモロコシを買っていたよね。他に何か野菜は買ったかな?」
「家にタマネギとナスとトマトがありますよ。トマトの丸焼き、ナスの味噌焼きなどは美味しいです。取って来ましょうか?」
「うん、お願い」
僕がそう言うと、レオ吉くんは家に入らず、ハサミを持って庭の奥の方へ歩いて行く。
「えっ、どこにいくの?」
「家庭菜園にタマネギとナスとトマトがあるんですよ。今から収穫するんです」
レオ吉くんは当然のように言う。すると、キングが興味を持ったらしい。
「収穫する様子を見せてくれないか?」
「僕も見てみたいな」
「良いですよ。興味のある人はついてきて下さい」
食べるのに夢中なミサキを置いて、僕らはレオ吉くんの後について行く。
家のすぐそばは、花を中心とした花壇が広がっていたが、少し離れると野菜中心の家庭菜園が広がっている。
レオ吉くんはそこら辺に実っているナスやトマトを収穫する。
「タマネギはあそこら辺に埋まっています。試しに収穫してみますか? 引っこ抜けば良いだけです」
「よし、やってみるか」「俺もやってみよう」
ヤン太とキングが収穫をしにいく。畑に植えられているタマネギは初めて見た。タマネギを引き抜くと根の部分はおなじみのタマネギだが、上の部分は、立派なネギの葉がついている。こうしてみると、ネギの一種だという事が一目瞭然だ。
ジミ子がレオ吉くんに聞く。
「レオ吉くんは、この家庭菜園の世話もしているの? 大変じゃない?」
「いえ、僕はほとんど世話をしていませんね。育てたい作物をリクエストしておけば、後はロボットが勝手にやってくれます。収穫も、時期が来ると勝手にやってくれますから、ある日、突然、冷蔵庫に野菜が増えているような感じです」
「それも、もしかして無料だったりする?」
「ええ、無料ですよ」
「……うらやましいわね」
採れたての野菜が無料で食べれられルなんて、本当にうらやましい。でも、日本でやるとなると、すぐそばに家庭菜園を作れる家が、どれほどあるのだろうか……
収穫した野菜を水で洗い、グリルで焼き始めた。野菜を焼くのは以外と時間が掛かる。
暇になったので、僕は明日の予定について、レオ吉くんに話を振った。
「明日の予定はどうしようか?」
「そうですね。オススメなのはスポーツ施設でしょうか。本来の月面の重力で、色々な運動ができますよ」
その話にヤン太が食いついた。
「面白そうだな。ちょっと混んでそうだけど」
「いえ、この施設も、ほとんど人がいないので自由に使えます」
「じゃあ、朝食を食べてから出かけるか。朝食は9時すぎ、出発する時刻は10時くらいでどうだ?」
「少し遅めですが、良いんじゃないでしょうか。あっ、その時間だと、もしかすると部屋の清掃のロボットがやってくるかもしれませんね」
僕がレオ吉くんに聞く。
「ロボットが来たら、どうすれば良いの?」
「外に出ていれば、効率的に掃除をしてくれるので、それが良いと思います。時間は5分も掛かりませんから。あと、朝食はうちで用意しておきますよ」
「分ったよ。じゃあ、明日はそんな感じで良いかな?」
「いいわ」「いいぜ」「いいわよ」
明日の予定が決まり、僕たちは再び食事を再開する。
焼いたトマトとタマネギはとても甘く、ナスはみずみずしい感じだ。採れたての野菜がこんなに美味しいとは思いもしなかった。
その後、充分に食べ終わると、僕らはそれぞれの家に別れて、明日の為に休養を取る。
ちなみに女性と元男性陣で別れたので、僕とヤン太とキングは同室だ。
「先にお風呂入ってきて良いかな?」
「ああ」「いいぜ」
僕はお風呂に入り、その後、ベッドに横たわる。軽く休むつもりだったが、疲れていたのか、そのまま深い眠りについた。




