月面旅行 9
家具屋のイケヤから出た僕たちは、すぐそばにあるスーパーマーケットへと向う。理由の一つは、晩ご飯の食材を買い出しに行くため。もう一つの理由は、月面のスーパーには、どんな物を売っているか、見てみたいからだ。
「日本のスーパーと違う点もありますが、あまり期待しないで下さいよ。ここがそうです」
レオ吉くんの案内でスーパーに到着した。そこは、日本のスーパーというよりは、アメリカあたりにありそうな、かなり大きなスーパーだった。
「ねえ、このスーパーでも日本のスーパーみたいに、試食とかできたりする?」
ミサキがレオ吉くんに質問をする。
「ええ、まあ、一部の商品では試食ができますが……」
「それは良いわね。食べまくるわよ」
「夕食前なので、あまり食べないで下さいよ」
レオ吉くんは、大型のカートをひとつ手に取ると、スーパーの中へと入っていく。
スーパーの中に入ると、そこは日本のそれとは大きく違っていた。ガラス棚の冷凍ケースがずらりと並んでいて、ケースの中には段ボールや透明のコンテナボックスが収められている光景が広がる。
この様子を見て、ヤン太がレオ吉くんに聞く。
「ここがスーパーなのか? 倉庫みたいな雰囲気だけど」
「ええ、常温で展示しておくと、どうしても商品が傷んでしまいますので、日持ちのしない物は全て冷凍で取り扱っていますね。ここは野菜売り場で、あそこに試食コーナーがありますよ」
「じゃあ、さっそく食べ比べてみましょう」
ミサキが小走りで試食コーナーへと向った、僕らも後についていく。
ミサキは試食コーナーの前に行くと、何も口にしないで、その場に立ち尽くしいていた。いつもなら真っ先に食べるハズなのに、これはおかしい。不思議に思い、試食コーナーを見ると、そこには様々な種類の牧草があるだけだ。さすがのミサキも牧草は食べる気にはなれないらしい。
ぼうぜんとしているミサキに、ジミ子が声をかける。
「あそこに、ミサキがさっき食べた『グリーンボール』が試食できるわよ。あれなら食べられるんじゃないの?」
「いや、やめておくわ」
『グリーンボール』は、牧草コーナーの中で売られている。見た目がそのまんまだったが、やはりアレは牧草の一種だったらしい。
キングが、スーパーの中を見回しながら言う。
「しかしココも人が少ないな。スーパーだったら、毎日のようり利用するから、もっと人が居てもおかしくないと思うんだが……」
かなり広いスーパーなのだが、家族連れが2~3組いるだけで、あとは無人だ。その理由をレオ吉くんが教えてくれる。
「ここで買える物は、全てネット経由で買えるので、わざわざ出かけてきて買う人は少ないんですよ。展示の仕方もこの通りですし……」
確かに段ボールとコンテナボックスが並んでいるだけなので、ここに出かけて買おうという気にはなれないのかもしれない。
「まあ、そうだな冷凍の食材しかなさそうだしな…… 今晩は何を喰うんだ?」
「そうですね。手軽に料理ができるバーベキュー風のグリル焼きとかどうでしょう?」
それを聞いてミサキがはしゃぎ始める。
「いいわね。私はトウモロコシを焼いて食べたいわ、あっ、デザートにパイナップルもいいわね」
そう言って、冷凍のトウモロコシとパイナップルを一箱ずつ、カートに放り込んだ。その様子を見て、ヤン太が注意をする。
「おいおい、そんなに食えないだろ? 量を考えろよ」
「だってしょうがないじゃない。箱でしか売ってないんだもの」
「そうなんですよ。ネットだと一個から買えるんですけど、ここだと包装の関係で箱でしか買えないんですよね。それなので余計に人が来ない状態です」
レオ吉くんが残念そうに言う。確かにその通りで、箱の単位だと何かと不便だ。
この後も野菜を何点か買うが、もちろんミサキの食欲は野菜だけでは収まらない。
「お肉の豆はどこかしら?」
「それは野菜ではなく、肉売り場の方にありますね」
僕たちはレオ吉くんに連れられて肉豆の売り場へ移動する。
肉豆の種類はたくさんある。鶏、豚、牛、羊。部位はロース、バラ、レバー、タン、ハツ。
これも試食が出来るようになっているが、肉食獣の人に向けてなのか生のままだ。僕たちはとても食べる気にはなれない。
料理にどの種類を使おうかと迷っていると、レオ吉くんが、知らない人から声を掛けられた。
「レオ吉殿下。ご機嫌、麗しくございます」
「これは、国会議員のハウルさん。こんにちは」
「こんなところでお目にかかれるとは。今日はどうなされたんですか?」
「今日はゲストのおもてなしをしている所です。地球からの人間のお客様ですよ」
「おお、それは珍しい。どうですかこの国は? 何もない所でしょう?」
ハウルさんが苦笑しながら僕たちに聞いてきた。ハウルさんは、この国が大した事がないと思っているらしい。僕は慌てて否定をする。
「そんな事ありませんよ。自然に囲まれた、理想的な国だと思います。公園も素晴らしかったです」
「そうですか。そう言ってもらうと嬉しいですが、いかんせん、活気がね……」
そういって、ほとんど人の居ないスーパーの店内を見渡す。この国の住人は、住環境が良すぎて、わざわざ外出するのが億劫になっているのかもしれない。
ハウルさんは深刻な顔をするのだが、レオ吉くんは明るい表情で、ちょっと自慢気に言う。
「その話なんですが、公園に行った時にさっそく改善案を出してもらいましてね。良いアイデアだったので直ぐに実行しました。これから大幅に人が増えると思いますよ」
「おお、本当ですか。それは良かった」
「彼女達なら、このスーパーマーケットにも人を呼び寄せるアイデアを出してくれるんじゃないでしょうか?」
そうい言いながら、チラッとこっちを見る。レオ吉くんが無茶ぶりをしてきた。こんな事をするなんて、もしかして姉ちゃんの影響だろうか……
僕が困っていると、空気を読まないミサキが、元気よく言う。
「素材の試食しか出来ないのが問題だと思います。もっと完成した料理を、たくさん試食できないと」
ジミ子がその意見を補足する。
「近所のスーパーだと、材料から調理して試食をさせる実演販売をしています。料理の味とレシピが分るので、いつも人だかりが出来てますね」
するとハウルさんが感心した様子で答える。
「それは良いですね。私も人間と同じようになったのに、料理はせいぜいステーキくらいしかやりません。実演販売を通じて、食生活のレパートリーが出来るのは良いですね。殿下、ぜひやりましょう!」
「そうですね。それが良いと思います。手配をしますね」
そう言ってレオ吉くんはどこかに電話をする。ミサキは自分の欲望を言っただけだが、この意見は受け入れられたみたいだ。
この後、僕らはハウルさんと別れてレオ吉くんの家に帰る事になった。
月面には乗り物が無いので、それぞれが手に段ボールなどの荷物を持って移動する。徒歩で荷物を持っての移動は少し面倒くさい。通販が流行るのも分る気がした。




