月面旅行 8
軽食を取り、休憩した僕たちは、イケヤの中を見て回る事にした。
このイケヤは、月面ならではの特別なサービスがあるらしい。
僕たちはレオ吉くんの後についていく。フードコートから再び入り口の方に向う。入り口近くには特価品コーナーとエレベーターホールがあった。
「まずは人間のフロアに移動しましょう。この国には様々な種類の人達がいるので、家具もそれによって別れています」
フロア案内を見ると、犬猫サイズフロア、人間サイズフロア、牛馬サイズフロアなど、体の大きさによってフロアが別れているようだ。
レオ吉くんがエレベーターのボタンを押そうとすると、ジミ子がストップをかける。
「レオ吉くんちょっと待って。先に特価品のチェックをしたいんだけど、良い?」
「良いですよ。では先にそちらを見て回りますか」
「何か掘り出し物があれば買おうかしら。日本の円は使えるの?」
「ええ、使えます。月面での通貨は『ルナー』と言って、今日のレートだと、1ルナーが137円ですね」
「ちょっと分りにくいわね。計算が面倒だわ」
「それなら、プレアデス・スクリーンを使って下さい。値札を日本円で表示する機能があります」
レオ吉くんから、その機能の使い方を教わり、表示をオンにした。すると、値札の横に日本円での値段が光のスクリーンで表示される。
「便利ね。じゃあ、買い物をしましょうか」
こうして僕らの掘り出し物の散策が始まった。
「うおっ、デカいシャープペンが売ってる。俺はお土産にコレを買っていくかな」
キングが長さ30センチ、太さ2センチ近くあるような、規格外にデカいシャープペンを持ちながら言う。
「お土産で、よくあるシャープペンだね。月面でも、お土産として売っているのかな?」
僕がそう言うと、レオ吉くんが説明してくれる。
「それは馬や牛の人のシャープペンです。お土産用ではなくて、普通に使用する目的で売っています。彼らは体が大きいですからね」
それを聞いてキングが考える。
「でも、お土産としても使えるな。特価品で1本70円だし、クラスの連中にも買っていってやるか」
「それなら僕は消しゴムを買おうかな。70円で、これだけ大きいとお得な気がする」
僕が消しゴムを買う、通常の消しゴムの4倍くらいの大きさはあるだろうか。これでみんなへのお土産が出来た。ちなみにヤン太は自分へのお土産として、ここでも木刀を探したが、家具屋にそんな物は無かった。
「このイスみたいなの、カワイイわ。買っちゃおうかしら」
ミサキが特売品の一つに目をつける。それは西洋風の飾りの入った椅子のようなものだった。ただ、かなり小さく、風呂場の椅子くらいの大きさしかない。ジミ子がミサキに言う。
「それは椅子じゃないと思うけど。何に使うかわからない物は、買わない方が良いと思うわよ」
「でも7600円の商品が、特価品で1400円で買えるのよ」
「あら、お買い得品ね。私も買おうかしら」
使い道の分らない物を、ミサキはカワイイという理由で、ジミ子は割引率だけで買おうとしていた。
その様子を見ていたレオ吉くんが、慌てて説明をする。
「それは猫の人のベッドですね。重量制限が30キログラムと書かれているので、人間が座ると壊れると思いますよ」
「使えないなら、あきらめるしかないわね」
ミサキはあっさりとあきらめたが、ジミ子は違った。
「私は5個ほど買おうかしら」
「そんなに買ってどうするんだよ」
ヤン太が突っ込むと、ジミ子は、こう答える。
「メルキャリで転売するの。猫好きの人だったら、このベッドを喜んで買うと思わない?」
まあ、確かに、猫好きだったら、そのくらいのお金は出しそうだ。
こうしてジミ子は小さすぎるベッドを5個も買った。果たして売れるのだろうか?
特価品を見ていると、気になった商品が見つかった。
「あっ、このタオル、なかなか良いかも。肌触りも良いし、サイズもちょうど良い感じがする。お値段も3枚で450円だし、僕はこれを家のお土産として買って行くよ」
「俺も買って行くか」「私も」「俺も」
ちょうど良い商品だったので、全員が購入を決めると、レオ吉くんがちょっと言いずらそうに説明をする。
「その商品、ここで買わなくても、日本のイケヤでも売ってますが…… まあ特価品なので、良いと思います」
「……そうなんだ。まあ、安いみたいだから買って行くよ」
みんなのテンションが一気に下がったが、まあ、安かったから良い買い物が出来たと思う。
「そういえば、ここだけで売っている特別な商品ってどこにあるんだ?」
ヤン太がレオ吉くんに聞くと、こう答える。
「それは人間のサイズのフロアにありますね。行きましょうか」
僕らはエレベーターに乗って、フロアを移動した。
フロアに到着してドアが開くと、そこには広大な売り場が広がっている。ベッド、椅子、ソファー、タンスや食器。ありとあらゆる物が揃っていた。
「ここが人間のサイズのフロアですね、置いてあるもののほとんどは、地球にあるイケヤと変わりがありません」
僕はイケアに行ったことがあるが、ここは日本のイケヤと大きく違う点があった。
「……誰も居ないね」
僕がポツリとつぶやく。日本のイケヤはかなり混んでいたが、ここには1人も客が居なかった。がらんどうの店内を見ながら、レオ吉くんが説明してくれる。
「動物ノ王国で、人間の段階に進化した人は、まだ500人くらいですからね。そのうちの半分以上は、地球や火星に居住しているので、とにかく人数が居ないんですよ」
それを聞いてヤン太もつぶやくように言う。
「ああ、まあ、地球だったら潰れてるな。それで、この場所だけの商品ってどこだ?」
「それはこちらですね。ソファーコーナーの一角にあります」
レオ吉くんに言われて、僕たちは無人の店内を移動する。
ソファーがたくさん並んで居る場所に、こんなコーナーが現われた。『オーダークッション・コーナー』
「オーダークッション? なにそれ?」
ミサキの疑問に、レオ吉くんが答えてくれる。
「椅子やソファーに座った時に、体に合わせて支えてくれるクッションです。用途は大きく分けて二つ。一つは仕事や勉強などで使う、正しい姿勢を取るようにするクッション。もう一つは、くつろげるように、リラックスできる姿勢を維持するクッションです。値段は確か7000円くらいです、皆さんにボクがおごりますよ」
レオ吉くんはそう言ってくれたが、今日はおごらせっぱなしで悪い気がしてきた。ここは断ろう。
「レオ吉くん、その気持ちは嬉しいけど、そんなにおごらせるのは悪いから、気持ちだけもらっておくよ」
僕の意見にヤン太、キング、ジミ子、ミサキが続く。
「そうだな、宿泊代がタダになったから、財布に余裕があるしな」
「そうだぜ、おごらせてばかりじゃ悪いからな」
「7000円くらい、払えるから気にしないでね」
「そうよ。メェクドナルドゥでちょっと本気を出して食べたら、そのくらいの金額は行くからね」
「そうですか。それでは、この場ではボクは出しません。今、係のロボットを呼びますね」
そう言って、レオ吉くんは、ファミレスの呼び出しボタンのような物を押す。すると直ぐにロボットがやってきた。しかし、メェクドナルドゥで7000円も食べられないだろう。
ロボットは僕たちに向って言う。
「どのようなご用件でショウ?」
レオ吉くんが代表して答える。
「オーダークッションを作りたいのです、作るタイプは……」
「僕は勉強とかに使うタイプにしておくよ」「俺もそうするか」「私も」「俺も」「私はリラックスできるタイプでお願い」
ミサキ以外は勉強タイプを選び、オーダークッションの製作が始まる。
「デハ、順番にこちらに座って下サイ」
ロボットがコーナーの一角にある椅子を指さして言った。
そこには床屋で使うようなタイプの椅子がある。
「僕から行くけど良いかな?」
「いいぜ」「いいわよ」
僕から順番に作る事になった。
僕が椅子に座ると、ソファーが動き出した。動き出すと言っても、ソファーの下に小さな突起物のような物がたくさんあって、体に合わせて押したり引いたりして、体に合わせた形を作り出すような感じだ。他の人から見ていると、動いている事は分からないだろう。
しばらく動いていると、椅子が動きを止めた。ベストな位置が見つかったようで、ロボットが僕に意見を聞いてくる。
「これでいかがデスカ?」
「あー、これでも良いけど、もう少し前傾姿勢の方が良いかも」
「デハ、これでいかがデスカ?」
「あ、はい。これで良いです。これが良いです」
「お疲れさまでシタ。次の方ドウゾ」
僕と入れ替えでヤン太が席に着く。ジミ子とキングは僕に感想を聞く。
「どうだった?」「何をしていたんだ?」
「座れば分ると思うけど、中に突起物みたいな物がたくさんあって、体に合った形を作り出す感じかな。かなり良いものが出来る気がする」
「ああ、そこが良い。それで頼む」
僕がそんな話しをしていると、もうヤン太の調整が終わったようだ。
「じゃあ次は私ね」「その次は俺だな」
ジミ子とキングもあっという間に調整を終えた。2人とも、かなり満足した顔をしている。
最後にミサキのソファーの調整を行なう。ミサキはリラックスするタイプのソファーを注文していた。
「あー、あっ、そこそこ」
ミサキが心地よい声をだしている。やがて動きが止まったらしく、ロボットがミサキに聞く。
「これでいかがデスカ?」
「…………」
「これでいかがデスカ?」
「…………」
ミサキは既に寝ていた。
ヤン太が困った様子で言う。
「どうする? たたき起こすか」
すると、ロボットがこう言った。
「しばらくお待ち下サイ。脳波を測定シテ、最もリラックスしている位置を割り出しマス」
2分ほど微調整が続き、ロボットがヤン太に向けて言う。
「測定が終わりまシタ。起こして下サイ」
「おい、起きろ! もう終わったぞ!」
「ん? なに? 気持ちよく寝てたのに……」
寝ぼけた様子でミサキが起きて来た。
この後、僕たちは会計を済ませて、イケアを後にする。
オーダークッションは、翌日に出来るみたいだが、月面で受け取っても困るので、地球の家に送ってもらう事にした。帰った時の楽しみがひとつ出来た。
僕はミサキに確認をする。
「あのリラックスできるクッション、どこに使うの?」
「もちろん自分の部屋の勉強机の椅子に使うわよ」
「ああ、そうなんだ。できれば違うところに使った方がいいと思うよ」
「なんで? リラックスして勉強した方が効率が良いでしょ?」
「あっ、うん。そうだね」
とりあえず返事はしたものの、はたしてミサキは、あのクッションを使って起きていられるのだろうか?




