月面旅行 7
公園をゆっくりと散策して、午後の時刻は3時すぎ。休み休み歩いているが、さすがに疲れてきた。
ミサキがレオ吉くんに聞く。
「疲れて来たわね。メェクドナルドゥみたいな場所に入って休まない」
「残念ながら月面にメェクドナルドゥはありませんね。他のファーストフード系の店もありません」
「じゃあ、カフェかレストランに入らない?」
「カフェもレストランも、いわゆる食事を扱う店はありません。動物ノ王国の国民は、食に対して保守的という話をしましたよね。ほとんどの人が自宅で食事を取るので、レストランなどの需要が無いんですよ」
僕がレオ吉くんに質問をする。
「それは、外で食事を取る文化が無いって事かな?」
「そうですね、ほとんどありません。ただ、一つだけ、外でも食事の取れる場所は、あることはありますが、簡単な軽食しか出てこないですね」
食べられる場所があると分ると、ミサキがその気になった。
「じゃあ、そこへ行きましょう! 食べてみたいわ」
「わかりました、とりあえず行ってみましょうか」
こうして僕たちは公園を出て、軽食の取れる場所へと向う。
どこだってドアをいくつか通り抜け、大きな店の前に来た。その店は日本にもある、北欧の家具を扱う『イケヤ』だった。
「食事を出すのはこの店です」
そういってレオ吉くんは店の中に入って行った。家具屋に食事が出来る場所があるのだろうか? 疑問を抱きつつ、僕たちはその後に続く
『イケヤ』は、家具や日用品を売るお店だ。ソファーやテーブルが並んで居る横を、僕らはすり抜けると、『フードコート』と書かれたコーナーがあった。確かにここなら食事が取れそうだ。
フードコートは意外と広く、テーブルが30個くらいは並んで居る。その中で、7つほどテーブルが埋まっていた。家族連れが多くて、家具のカタログを開きながら談笑している。おそらく軽食を取りながら、家に置く家具について話し合っているのだろう。にぎやかで、動物ノ王国に来てから初めての人混みだと思った。
僕たちは適当に空いているテーブルに着くと、ロボットが人数分のメニューを持ってきてくれる。
メニューはタブレット端末のような機械だった。
レオ吉くんはロボットに向って言う。
「支払いはボクに付けておいて下さい。さあ、みなさん、好きなのを頼んで良いですよ」
「さっすがレオ吉くん、私は何をたのもうかしら?」
ミサキがタブレット端末のメニューを食い入る様に見始めた。さて、どんな物があるんだろう? 僕もメニューを見始める。
タブレット端末は、写真付きでメニューが載っていた。軽食は、パスタとサンドイッチとホットドック。デザート系はチーズケーキ、シフォンケーキ、アイスクリーム。ちょっと変った所だと、ミートボールやサーモンのフィレステーキなどがあるようだ。
「ここのオススメはミートボールらしいですよ。ボクも食べた事がありますが、美味しかったです」
メニューを見ながらレオ吉くんがオススメを教えてくれた。ミートボールは本場スウェーデン仕込みらしく、確かに美味そうだ。
メニューが決まり、注文ボタンを押す。僕は『ミートボール』の5個セットと『ミルク』を頼んだ。『ミルク』は動物ノ王国で作った、採れたての物らしい。
「レオ吉くん、ここに『全ての食べられるメニューを表示する』ってボタンがあるんだけど、これは何?」
食い入る様に見ていたミサキが、タブレット端末の一部分を指さしてレオ吉くんに聞く。画面の端に、小さく注意書きのようなボタンがあった。これは普通に見ている分には気がつかないだろう。
「今、表示されているのは、人間用のメニューだと思って下さい。他にも実は、草食動物用と肉食動物用のメニューがあります。ここには色々な種族の国民が来ますからね」
「知っている人しか頼めない裏メニューのような物ね。私はもちろん表示させるわ」
躊躇なくミサキはボタンを押した。
ボタンをおしたミサキのタブレット端末を、全員がのぞき込む。
すると、メニューの数は倍くらいに増えていた。
ジミ子がホットドックの写真を指さしながら言う。
「この『ソーセージ、サンドパン』って、ホットドックとどう違うのかしら?」
するとレオ吉くんが説明してくれる。
「それは犬の人に向けてのホットドックですね。犬と猫はタマネギが毒になるので入っていません。名前が大きく違うのは、『ホットドック』という名前のせいでしょう。例えば、レストランのメニューに『温かい人間』とか書いてあっても、頼む人はいませんよね」
全く知らない人からみれば、ホットドックという名前を聞くと、犬の肉とか使っていると勘違いしてしまいそうだ。確かに名前の変更は必要かもしれない。
ヤン太があるメニューを指しながら、イタズラっぽく言う。
「メニューにドッグフードやキャットフードもあるんだな。どうだミサキ、試しに食べてみたら」
「そ、そんなの食べられるはずないでしょ」
ミサキが全力で否定するが、レオ吉くんは、こんな説明をしてくれる。
「いえ、そのメニューに載っているという事は、食べられます。先ほどのタマネギのように、種族によって毒になるようなものは、表示されません。間違って注文されたら、大変な事になりますからね」
それを聞いたヤン太がミサキに確認をする。
「だってさ、どうする?」
「食べないわよ!」
ミサキは強く否定する。食べられると言っても、さすがにドッグフードやキャットフードは食べないようだ。
キングが、あるメニューを指しながら言った。
「ミートボールの次にある、『グリーンボール』って何だ?」
写真が載っているが、そこには緑色の球が、いくつか映っているだけだ。
「何でしょう? ボクもそのメニューは知りませんね」
頼みの綱のレオ吉くんも知らないらしい。
「まあ、いいわ。私がコレにチャレンジしましょう、個数は15個と。あと『グリーンドリンク』も注文しようかな」
ミートボールやグリーンボールは小さいので、5個、10個、15個と、個数が選べる。ミサキは迷わず15個を選んで注文をした、グリーンドリンクはLLサイズだ。
しばらくするとロボットが注文した物を持ってくる。
ヤン太はミートボールとヨーグルトドリンク、ジミ子はチーズケーキとアイスコーヒー、キングはホットドックとコーラ、レオ吉くんはシフォンケーキと紅茶、僕にはミートボールとミルク、ミサキにはグリーンボールとグリーンドリンクが配られる。
僕はまず、ミートボールを食べて見る。ミートボールにクリーミーなソースがよく絡み、後からミートボールの肉汁が押し寄せてくる。とても美味しいが、これはご飯の欲しくなる味だ。
ミルクを一口飲んでみると、ほんのりと甘い。コクもあり、牧場で飲むような美味いミルクだった。
「これ、美味しいな」「たしかに美味いぜ」「これ、いいわね」「そうですよね。もっとうちの国民も、利用してくれれば良いのですが……」
会話が弾んでいる中で、ミサキのフォークが止まっている。いったいどうしたんだろう?
「ミサキ、どうしたの? 手が止まっているけど?」
「『グリーンボール』って、草の塊だわ。確かに食べられない事はないでしょうけど、草の苦い味しかしない。『グリーンドリンク』は青汁みたいね…… ツカサ、ちょっと食べてみない?」
「遠慮しておくよ」
どうやらミサキは草食動物用のメニューを頼んだようだ。
この後、ミサキは他の人にも『グリーンボール』の試食を薦めるが、ことごとく断られた。ミサキが食べないという事は、相当マズいに違いないからだ。全員に断られたミサキは、ケチャップとマスタードをたくさん掛けて、味をごまかして食べ始めた。
ミサキが最後のグリーンボールを食べ終わり、時刻は4時ちょっと前。レオ吉くんが僕らに向って意見を聞く。
「まだ時間があるようなので、『イケヤ』の内を見てみますか? 月面だけ行なっている特別なサービスもありますよ」
「いいよ」「そうね」「いいぜ」「うん、みてみよう」
みんなが返事をして、店の中を回ってみる事になった。




