月面旅行 5
僕たちは東京ドゥーム53個分という、広大な公園に来ている。
草原のような公園を歩いていると、大きな湖へとたどり着いた。
レオ吉くんが僕らに聞く。
「この湖は泳いだり、釣りができたりします。休みがてら釣りでもしますか?」
するとジミ子が足を押さえながら答えた。
「そうね、けっこう歩いて来たから、そうしましょう」
僕たちは、ひとまず湖の畔にある管理小屋へと向う。
「釣り竿のレンタルをするんですが、普通の釣り竿がいいですか、それとも『簡単に釣れる釣り竿』が良いですか?」
「『簡単に釣れる釣り竿』なんてあるの?」
僕がレオ吉くんに聞くと、こう説明してくれる。
「ええと、動物から人間の進化には2段階あります。1段階目は、見た目はほとんど動物で、知能が人間に近づく状態、2段階目は、ほぼ人間とかわらない状態ですね。1段階目の状態では、2足歩行や物を掴めるようには進化はするのですが、とても器用とは言えません。『簡単に釣れる釣り竿』は、1段階目の人でも扱えるような、オート機能が備わった釣り竿ですね」
「その竿だと、子供でも釣れそうだね」
「ええ、子供でも簡単に釣れると思いますよ」
「俺は普通ので大丈夫かな」
「私も要らないわね、普通の竿をちょうだい」
ヤン太と、謎の自信を見せるミサキは普通の釣り竿を借りた。
「私は簡単なのを試してみたいわね」
「そうだね、どんな技術か見てみたいよね」
「おそらく、ここでしか借りられないだろうから、俺も『簡単に釣れる釣り竿』でやってみたいぜ」
ジミ子と僕とキングが、簡単に釣れる釣り竿を選ぶ。
レオ吉くんが管理小屋にいるロボットに声をかけ、釣り具を借りてきた。ちなみにレオ吉くんは、普通の釣り竿を借りたみたいだ。
「桟橋のある、こちら側が釣りエリア。向こう側の砂浜が遊泳エリアになっています。さて、どこら辺で釣りましょうか?」
レオ吉くんに連れられて桟橋まで来たが、とにかく人が居ない。遊泳エリアで泳いでいる人は10人ほどいるが、釣りをしている人は誰もいない。
ヤン太が困ったように言う。
「これだけ広くて人が居ないと、逆にどこで釣りをしていいのか迷うな」
すると、ジミ子がすぐそばを指さしながら言った。
「とりあえず近場でやってみない? 釣れなければ移動すれば良いと思うし」
「そうだな。とりあえずやってみるか」
僕らは管理小屋のすぐそばで釣りを開始する。
「ええと、こちらが普通の釣り竿、こちらが『簡単に釣れる釣り竿』、エサはコレですね」
僕は『簡単に釣れる釣り竿』を受け取るのだが、この竿の仕掛けには、釣りに一番必要な物が付いていなかった。僕がレオ吉くんに問題点を指摘する。
「レオ吉くん、この竿の仕掛け、浮きとおもりは付いているけど、肝心の釣り針が付いていないよ」
「本当だ、これじゃあ釣れないわね」「俺もついてないぜ」
『簡単に釣れる釣り竿』を受け取った、ジミ子とキングが同じ様に確認をすると、どうやら2人とも針が付いていないようだ。
一つなら針の付け忘れも考えられるが、三つともミスをするとは考いにくい、針は後から付けるのだろうか?
「あっ、それで大丈夫ですよ。これがエサなんですが」
そう言って、レオ吉くんは紙コップに入ったエサを渡してくれる。このエサが、かなり変っていた。緑色をしたビー玉くらいの大きさの球が、いくつも入っていた。
ミサキが、このエサの一つをつまみながら言う。
「なにこれ? 抹茶味のグミみたいで美味しそう」
このエサは弾力のあるゼリーみたいな感じらしい。今にも食べてしまいそうなミサキを、レオ吉くんが慌てて止める。
「た、食べないで下さい! それは魚のエサですからね!」
「わ、わかってるわよ。いくら私でも、魚のエサは食べないわ」
ミサキは慌てて否定をするが、口元からはよだれがこぼれ落ちそうになっていて、説得力はまるで無い。
「そういえば、その竿の使い方でしたね。まず、手元のスイッチをオンにして下さい」
よく見ると、竿の持ち手の部分にはスイッチが付いていて、言われた通りにスイッチをイジりオンにしてみる。
「これで、おもりの金属の部分に物がくっつくようになるんですよ、魚もくっつくようになるので、針も要りません」
僕は試しに、グミをおもりにくっつけてみる。すると、もういくら引っ張っても取れなくなっていた。なるほど、これは便利だ。針を使う訳ではないので、危険度もグッと下がる。
「レオ吉くん、指がくっついて離れないんだけど」
ジミ子がおもりをつかんだ状態で固まっていた。するとキングが助けに入る。
「取れないなんて事はないだろう。ちょっと力を込めれば…… 俺も金属に触っちまった、これは本当に取れないな……」
2人で仲良くおもりをつかんだ状態で固まっていると、レオ吉くんが助けてくれる。
「スイッチをオフにして下さい。それで外れますから。魚が釣れた後も、同じ様にオフにすれば外れます」
キングが竿のスイッチをオフにした瞬間、2人とも指が外れる。
「おっ簡単に外れた。便利だな、これは」
釣りは、意外と魚から針を外すのが面倒くさい。これは画期的なシステムかもしれない。
普通の釣り竿を使う人は従来どおり、グミっぽいエサを針に通してから釣りを開始する。
エサのついた仕掛けを水面に投げ入れると、バシャッと魚が飛び跳ねた。それを見てヤン太がやる気を出す。
「魚はいるみたいだな。よっしゃ、気合いを入れるか!」
そう言って腕まくりをしていると、早くもヤン太の竿が大きくしなる。
「ヤン太、引いてるよ。早く釣り上げないと」
僕がそう言っていると、こちらにも大きな当りが来た。急いで竿を立てて、魚を釣り上げようとする。ところが釣れた魚が思った以上に大きく、上手く引き上げる事が出来ない。僕は隣で釣っていたキングに助けを求める。
「キング、ちょっと手伝って、かなり大きいみたいなんだ」
「悪い、こっちにもかかったから、手が離せない」
「じゃあ、ジミ子、手伝ってよ」
「私の方もかかっているのよ、こっちが助けて欲しいくらいよ」
「レオ吉くん、助けて」
「すいません、こちらも掛かっています。あまり釣れないように、普通の釣り竿を選んだのですが……」
「ミサキは?」
「ふおぉぉぉ、こっちもデカいのが掛かってるわ」
どうやら全員のエサに、それぞれ魚が食いついているらしい。
必死に魚と格闘して、やっとの事で釣り上げる。それは30センチ近くの、どこかでみたことのあるような魚だった。僕は釣り上げた魚を、魚を捕まえておく網の中に入れると、再びエサをつけて水の中に放り込む。するとすぐに食いついた。この魚、エサに対して貪欲すぎるんじゃないだろうか。
5分くらいしか釣りをしていないが、魚を捕らえておく網が、あっという間に一杯になる。レオ吉くんが使った竿を回収して、僕たちの短い釣りの時間が終わった。
「この魚、どこかで見たような気がするんだけど……」
網の中の魚を見ながら僕がつぶやくと、レオ吉くんがその疑問に答えてくれる。
「これはブルーギルという魚です。元はツカサくんの近くの公園から採ってきたものらしいですよ」
すると、ヤン太が思い出したように言う。
「ああ、あれか。公園で外来種として駆除した魚が、養殖してここまで大きくなったのか」
「ええ、そうです。ちなみに火星でも同じブルーギルが繁殖してますね」
確か火星では、食材としてこの魚が役に立っていた、ここでも同じだろうか。
「レオ吉くん、この魚は食べられるの?」
「ええ、食べられますよ。この公園で釣った魚は持ち帰って良いんです。しかし、持って帰るには数が多すぎるので、配送の手配をして来ますね」
そう言って、レオ吉くんは湖畔にある管理小屋へと出かけて行った。
その様子を見ながら、ミサキが悔しがる。
「食べられるんなら、もっと釣っておけばよかったわ……」
いや、もう充分だろう。みんなで20匹ぐらいは釣り上げたはずだ。
予想以上に釣りが早く終わったので、管理小屋の横にあるベンチで、僕たちは休憩をする事になった。のんびりと釣りをしながら休む予定が、全く休めなかったからだ。
・おしらせ
諸事情により、当分の間、3日に一度の更新になりそうです。




