月面旅行 4
カレーをたくさん食べて、月面の観光スポットを巡るという話になると、レオ吉くんは苦笑いを浮かべながら僕らに言う。
「月面は、あまり観光施設が無いんですよね。本当はこの後、月面のスポーツ施設に行く予定だったのですが、これだけ食べると無理ですよね」
その問いかけにヤン太が返事をする。
「俺たちは大丈夫だと思うが、ミサキが食い過ぎてるな。運動はちょっと無理かも」
「そんな事はないと思うわ、できるわよ」
反論するミサキに、レオ吉くんが確認をする。
「せっかくなので、月面での重力を体験してもらおうと思っているのですが、地球の6分の1なので、逆さになったり宙返りしたりと、かなりアクロバットな動きになると思います。それでも大丈夫ですか?」
「それは厳しいかもしれないわね。口から何か飛び出すかも……」
「では、運動は明日の予定にしましょう」
ミサキは素直に無理だと言った。まあ、下手な事をして、大惨事になるよりは良いだろう。
「そうなると、どうしますかね。公園くらいしか場所が思い浮かばないのですが……」
困っているレオ吉くんに、ジミ子がこんな事を言う。
「別に、無理して珍しい場所に行く必要は無いわ。行き先は普段使っているスーパーとかでも良いわよ、日常的な場所でも、月面というだけで私たちには珍しいと思うから」
「そうですか、では公園に行って、時間が余ったらスーパーマーケットにでも寄ってみましょうか」
こうして僕たちの今日の予定が決まった。確かにジミ子の言うとおりだ、火星のスーパーマーケットとか、どんな様子か見てみたい。
「では、公園に向います。ボクの後についてきて下さい」
僕らはレオ吉くんの後を追いかける。
居住区のドアを出て、ピンク色のどこだってドアを抜ける。そこは僕たちが来た、『どこだってドア』が並ぶ、円形のホールのような場所だった。レオ吉くんがそのうちの一つのドアに入り、僕らもそれに続く。
その先もまた同じようなホールで、もう一度、扉をくぐると、公園前のゲートにたどり着いた。
ゲートを抜け、公園の遊歩道を歩き始めると、まず、広大などこまでも続く緑の絨毯が目に入る。ほとんどが芝生のようだが、まばらにピンク色や黄色といった、色が違うエリアが見られる。おそらく何かの花が咲いているからだろう。
芝生と遊歩道の境目には、木が植えられていて、所々の木陰にベンチがいくつか置いてあった。
「とても広いな、どのくらいあるんだ?」
キングがレオ吉くんに聞くと、こう答える。
「だいたい縦横が約1.6キロで、面積にすると2.5平方キロメートルですね。東京ドゥームに換算すると53個分になります」
「滅茶苦茶広いな」
「ええ、月面では非常に珍しい人工湖もあって、そこで泳いだり、釣りができたりしますよ」
絵に描いたような理想的な公園なのだが、僕はひとつ気になる事がある。
「公園が広すぎるせいか、ほとんど人や動物が見当たらないんだけど……」
芝生がメインなので、かなり視界が広いのだが、目に見える範囲でみえる人や動物は、僕たちを除くと6~7人くらいしか見当たらない。
すると、レオ吉くんがため息交じりに答えてくれる。
「ええ、この公園、人気が無いんですよね。ご覧の通り、ほとんど人が居ないんです」
「なんで? こんな素敵な公園なのに?」
ミサキがレオ吉くんに聞くと、こう答える。
「住宅街を見てもらったから分ると思うんですが、住宅も森の中にあるような感じゃないですか。すでに公園の中に住んでいるようなものなので、わざわざこの場所に出てくる人が少ないんですよ」
「……そうね。住宅も素敵な場所にあったものね」
ミサキが納得したように返事をする。確かにレオ吉くんの言うとおりだ、あそこに住んでいれば、近所を散歩するだけで十分だろう。わざわざ緑を見に、ここまで出てこようという気分にはなれないかもしれない。
「とりあえず、公園をグルッと一週してみましょう。軽く見てまわるだけで1時間くらいは掛かると思いますから」
レオ吉くんに言われて、僕らはのどかな公園の遊歩道を、時には道を外れて芝生の上を、のんびりと歩いて行く。
住宅街は森といったイメージだったが、ここは草原に近いような感じがする。
遠くから見えていた色違いの場所は、近くに寄るとやはり花が咲いていて、それは白いシロツメクサだったり、赤いレンゲだったり、青いネモフィラだったりした。どの花も見事で、地面が見えないくらい、花がひしめいている。
花に見とれながら歩いていると、僕たちはいつの間にか湖の前まで来ていた。
「この湖では泳いだり、釣りができたりします。休みがてら、釣りでもしますか?」
すると、ジミ子が足を押さえながら言う。
「そうね、けっこう歩いてきたから足が疲れたわ。そうしましょう」
ここで僕はふと思った。この公園の人気のない理由は、もしかしたら、公園がデカすぎて、みんな歩くのが嫌なだけなんじゃないだろうか?




