月面旅行 2
ナビゲーションの矢印が指している、コテージのような建物に近寄ると、やはりここはレオ吉くんの家のようだ。玄関先のアウトドアの椅子に座って、待っていてくれたレオ吉くんがコチラに駆け寄って来てくれる。
「皆さん、お待ちしていましたよ。長旅ご苦労さまです、まずは荷物を置いて、お茶でも一杯どうでしょうか?」
確かに地球からここまでの距離は、38万キロと、途方もないくらい遠いが、僕たちがここに来るまでは5分ぐらいしか掛かっていない。電車の待ち時間にもよるが、隣駅へ行くのとそんなに時間は変らないだろう。
全く疲れていないが、僕たちはこのお誘いに乗る事にした。緑豊かなこの場所で、優雅なひとときを過してみたいと思ったからだ。
「部屋の中で飲みますか、それともテラスで飲みますか?」
「出来ればテラスが良いかな」
僕がそう言うと、レオ吉はスマフォでチェックをしながら答えてくれる。
「そうですね。今日の昼間の予定では、ドームの天井のスプリンクラーから雨を降らさないので平気ですね。今、テーブルと折りたたみの椅子を持ってきます」
「テーブルと椅子を運ぶの手伝うよ」「俺も」「僕も」
「助かります。椅子を持ってくるので、適当に配置して下さい」
レオ吉くんの持ってきたテーブルと椅子を適当に並べ、僕たちは腰を下ろした。落ち着いて周りの風景を改めて見直す。
キキョウ、ユリ、ひまわり、コスモス。様々な花が咲き乱れ、家の周りを飾る。一部は家庭菜園になっているようで、所々に植物を支える棒が立っていて、キュウリやナスやトマト、トウモロコシといった野菜がなっていた。日よけ棚にはブドウがたわわに実っている。
しばらくするとレオ吉がグラスとお茶を持ってきてくれた。優雅な雰囲気なので、紅茶でも出てくるのかと思ったが、出てきたお茶は麦茶だった。
ジミ子がグラスに口を付けながら言う。
「本当に良い場所に住んでいるわね」
「そうですか? 動物ノ王国の国民は、だいたいこんな家に住んでますよ」
「……うらやましいわね。私もこんな家に住んで見たいわ」
ジミ子が本心からそう言うと、ミサキもそれに同意する。
「本当にうらやましいわ。お野菜とかブドウとか食べ放題じゃない。あのブドウ、とてもおいしそうだわ」
どうやらミサキは、この素敵な空間の中で、食べ物の部分しか見えていないようだ。レオ吉くんが、少しあきれながら答える。
「食べてみますか? お店で売っているブドウと違って、種があるので、ちょっと面倒くさいですけど」
「もちろん食べるわ! 種は面倒くさければ噛み砕いて飲み込んじゃえば良いのよ、スイカと一緒ね」
スイカを食べるのが、早いとは思っていたのだが、まさか種を飲み込んでいたとは……
「では、いくつか取って、冷蔵庫で冷やしておきますね」
レオ吉くんは愛想笑いを浮かべながら、ブドウをいくか摘んで、家の中に入って行く。
レオ吉が再び家から出てくると、ヤン太が話を切り出した。
「今日の予定はどうする? いや、まずは荷物を部屋に運んだ方が良いかな。確か隣の家に泊まる予定だよな」
レオ吉が、僕らの大きな荷物をチラッと見て、こう言った。
「では、重そうなのでロボットに依頼して、荷物を運んでもらいましょう」
「いや、そのくらい自分達で運ぶよ」
「月面だと、簡単に頼めるので、出来るだけロボットに任せた方がいいですよ。これだけで呼べます」
そういってスマフォのアプリのボタンを押した。
レオ吉がボタンを押すと、1分くらいでロボットがやって来た。レオ吉が僕らに聞く。
「ええと、部屋割りはどうなってます?」
「ジミ子とミサキが2人部屋、元男性陣が3人部屋だな」
ヤン太が答えると、レオ吉くんがロボットに支持を出す。
「こちらの荷物を右隣の家へ、あちらの荷物を左隣の家の玄関に置いて下さい」
「ハイ、了解しまシタ」
ロボットは荷物を軽々と持ち上げると、運び出す。
その様子を見ながら、僕が言う。
「わざわざロボットを呼ばなくても良かったのに」
「いえ、隣といっても70メートルくらいは離れてますからね。運んでもらった方が良いでしょう」
そういってレオ吉くんは遠くを指さす。その先には、この家と同じ様な建物がある。
確かにこれなら隣と言っても、運んでもらったほうが良かったかもしれない。
「ここは、人口密度が低すぎじゃないか?」
キングがあきれながら言うと、レオ吉がスマフォを見ながら反論をする。
「いえ、そこまで低くはないですよ。70メートル毎に家があるので、1平方キロメートルにおよそ200軒が建っています。一軒あたりにに2~4人は住めますが、少なめに見積もって2人だとします。すると、1平方キロメートルの人口密度は400人となります。日本の人口密度は、1平方キロメートルあたり347人。日本の方が低くて、土地に余裕がありますよ」
信じられない数字に、キングがスマフォで調べ直してから、口を開いた。
「本当だ。まあ、日本の場合、ほとんどが山だから、こんなゆとりのある使い方はできないだろうけどな……」
キングの言う通り、こんな土地の使い方は日本では無理だろう。宇宙人の技術で、全国を住宅地に再開発でもすれば、話は別だろうけど。
「しかし、周りに本当に緑が多いわ。なんでこんなに植物が多いのかしら?」
ミサキが素直な感想を言うと、その質問にレオ吉くんが答えてくれる。
「人間や動物が生きて行く上で必要な、酸素や食料やらを自給自足しようとなると、こんな環境になるみたいですよ」
「へえ、じゃあ、この空間だけで、独立して生きて行けるのね」
「水の供給、電力確保などの問題はありますが、それらの点をクリアできれば、生きて行けるはずですね」
前にテレビで、月には大量の水が存在するというニュースをやっていた。宇宙人は核融合施設を持っていたので、電力の問題も平気だろう。月は地球から独立しても、なんの問題もなさそうだ。
麦茶を飲みながら、周りの森をみていると、ふと僕たちの泊まる家が目に入った。僕はちょっとした疑問が頭に浮かぶ。
「泊まる場所ってレオ吉の家と同じ作りなの?」
「ボクの家は独身用なので、皆さんの泊まる場所より少し狭いと思います。それでも基本的な作りは同じはずですね」
「良かったら家の中を見せてくれる?」
「ええ、どうぞ。ワンルームなので、あまり見るところはないかもしれませんけど」
ちょっとレオ吉くんの家にお邪魔する事になった。家の中はどんな感じなのだろうか?




