月面旅行 1
夏休みの最終週。僕たちはレオ吉くんの家に遊びに行くために、月面旅行に行くことになった。
宇宙人のワープ技術があるので、気軽に日帰りで行くこともできるが、姉ちゃんが宿泊施設を用意してくれて、二泊三日の本格的な旅行になった。
ちなみに、宿泊料は無料だが、今後、姉ちゃんの旅行会社が月面旅行のプランを始めるらしく、僕らは後でレポートを提出しなければならない。ちょっと面倒くさいが、宿泊料を考えれば、ずいぶんと割の良いバイトだと思う。
旅行の当日、僕たちは大荷物を抱えて、姉ちゃんの会社の前に集まる。集合時間になると、姉ちゃんが会社から出て来て、僕たちを中に入れてくれた。
「弟ちゃんたち、私は今日は仕事があるから月面へ行けないんだけど、プレアデスのナビゲーションシステムがあるから大丈夫だと思うわ。何か困った事があったら、連絡をちょうだい。月でも携帯とWi-Fiは通じるからね」
「姉ちゃん、分ったよ。レオ吉くんも居るし、大丈夫だと思う」
「そうね、それじゃあ行ってらっしゃい」
姉ちゃんに見送られて、僕らは会議室の天井にある転送装置から、月面へと一気に移動をする。
移動先は、バレーボールのコートほどの、円形のホールのような場所だった。
周りの壁には、いくつもピンク色の『どこだってドア』が並ぶ。
そこを2足歩行の動物や、ほとんど人間で耳だけちょっと動物っぽい人達が、右や左へと足早にこの空間を通り過ぎていく。
姉ちゃんの話だと、月面では『どこだってドア』による移動がメインになるらしい。様々な場所にワープできるこの場所は、大型の駅のような役割を果たしているのだろう。
「まずはレオ吉くんの家に行くのよね?」
ミサキが今日の予定をみんなに確認すると、キングがスマフォを見ながら返事をする。
「そうだぜ。泊まる場所がレオ吉くんの家の両隣の家だからな」
すると、ジミ子が思い出しながら言う。
「たしかお姉さんの話だと、ホテルとか、まだ宿泊施設が無いのよね?」
「そうだね。姉ちゃんの話によると、まだそういった施設はないみたい。空いている家に僕たちは泊まるみたいだよ」
僕がそう答えると、ヤン太が楽しそうに言う。
「レオ吉くんはどんな場所にすんでるか気になるよな、今からたのしみだな」
ヤン太はそう言いながら、プレアデス・スクリーンを呼び出してレオ吉くんの家へのナビゲーションを開始した。光の矢印の先は、近くにある『どこだってドア』の一つを指した。
ナビゲーションの矢印に従い、ドアをくぐり抜けると、僕たちは別のドアの前に出て来た。重々しいドアのプレートには『001-A001-0001居住区』と書いてあり、矢印は、この先に進むように指している。
この扉を開けて中に入ると、そこは森の中の様な場所に出てくる。
広葉樹、針葉樹、背の高い草、背の低い草、ありとあらゆる種類の植物が生えている。
「ここは月面なのかしら?」
ミサキが思わず感想を漏らす。確かにこれだと地球と何も変らない気がする。
「矢印はこのまま先に続いてるな。とりあえず進んでみるか」
ヤン太が再び歩き出したので、僕たちはその後を付いていく。
澄んだ空気の森の中を、僕たちは歩いて行く。
土の道の両側には、比較的、背の低い花が植えられている。タンポポ、芝桜、スズラン、ツユクサ。
道から少し離れた場所には、背の高い花が咲いている。コスモス、あじさい、ハイビスカス、ひまわり。
ちょっと遠くの木々には椿とボタンの花が咲いていた。
初めは森だと思っていたが、歩いて見ると、ここはよく整備された公園か植物園のような印象を受けた。どの植物も種類ごとにまとめられて、とても良く手入れがされているからだ。
ジミ子がポツリとつぶやく。
「この森はおかしいと思わない?」
「どこがおかしいの?」
何も不思議に思わないミサキに、僕が突っ込みを入れる。
「かなり手が入っているよね。でも、他にも何か違和感を覚えるんだけど……」
僕が森を眺めながら、悩んでいると、ジミ子が正解を言う。
「それは季節よ。咲いている花の季節がデタラメなの。春に咲くタンポポと、梅雨に咲くアジサイ、夏のひまわりと、秋のコスモス、冬の椿が一緒に咲いているの」
この答えに、全員がうなずく。確かに、同時に咲くのはおかしい、地球の森とは大きく違いそうだ。
1分ほど進むと、木々が途切れて、開けた場所に出て来た。日が当るようになり、すこし遠くまで見渡せるようになる。そして、視界には小さな家が飛び込んできた。
それは、正面に大きな窓がある、赤い屋根のコテージのような家だった。
庭先には日陰を作る為の植物の棚があり、そこにブドウを這わせて、木陰を作り出している。
森のすぐそばにあるという事もあり、住宅と言うより、避暑地の別荘といった感じがした。
ナビゲーションの矢印は、この家を指している。
庭先のアウトドアチェアには人が座っていた。遠くなので誰だか分らないが、あれがレオ吉くんの家だろうか?
※イラストはseima氏に描いていただきました。




