スパイス・シミュレータ 4
全員の『スパイス・シミュレータ』をミサキのスマフォに繋ぎ、ミサキが一括で管理する事となった。
「カレーを味わった後には甘い物が食べたいわね、何かないかしら?」
ミサキはそう言って、カタログの目次を眺める。すると何かが目に止まったらしい。
「アメリカのドーナツがいくつか載っているじゃない、これ、食べて見たかったのよ!」
そう言って、すごい勢いでページをめくる。
「うーん、どれにしようかな…… これなんて良さそうだけど、どうかな?」
ミサキは、リンゴとシナモンが上に乗せてあるドーナツのページを開きながら言う。
「おいしそうね」
「いいんじゃないか」
ジミ子とヤン太がOKを出すと、ミサキはさっそくQRコードを読み取った。
「じゃあ、これにするわね。『スパイス・シミュレータ』は味が薄く感じるから、砂糖を増やしましょう」
「アメリカのドーナツって甘そうだから、そんなに増やさなくても良いんじゃないかな?」
僕が横から忠告をするのだが、ミサキはスマフォの画面を連打する。
「大丈夫よ。お菓子は甘ければ甘いほど良いんだから。じゃあ、味の『確認』っと」
ミサキが『確認ボタン』を押した直後、とんでもない甘さの刺激がやってきた、かすかにリンゴとシナモンの香りはするが、そんな事はどうだっていいくらい、とにかく甘さのみしか感じない。
「あっま、甘すぎ」「これはヤバい、水をくれ」「舌が焼けるように甘いです」
ジミ子、ヤン太、レオ吉くんと、ほぼ全員が悲鳴を上げる中、ミサキは平然と言う。
「確かにちょっと甘いけど、みんなオーバーでしょう。そこまでは甘くないわよ」
……どうやらミサキの味覚は、かなり人と違うのかもしれない。
「甘すぎるから、何か他のスイーツに変えてくれよ」
「しょうがないわね。じゃあ探してみるわね」
ヤン太に言われてミサキは別のスイーツを探す。しばらく探していて、こんなページを見つけてきた。
「これなんてどう? 『抹茶とミントのババロアケーキ』これならそんなに甘くないでしょう」
「それなら良いんじゃないか」
「分ったわ。じゃあ、味の確認をするわね」
ミサキがボタンを押すと、抹茶の良い香りが漂ってきて、ミントの清涼感が後から押し寄せてくる。
ただ、味が苦いだけで、スイーツなのに全く甘くない。
僕が素直な感想を言う。
「これ、苦いだけなんだけど」
「レシピによると、それなりに砂糖は入っているんだけどね」
ミサキがスマフォを確認しながら答える。すると、キングがこんな推測をする。
「前に食べたのが甘すぎて、今度は甘さを感じないんだ。今度から連続でスイーツの味見はやめようぜ」
「そうね、そうしましょう」
あのアメリカのドーナツが甘すぎて、僕らの味覚が麻痺したらしい。
ミサキがカタログをパラパラと読み進めると、ある料理で、ページをめくる手が止まった。
「私、『トムヤムクン』って食べた事ないんだけど、これはどんな味がするのかな?」
その質問に、ジミ子が答える。
「複雑な味だけど、酸っぱいと辛いを足したような味だった気がするわ。かなり辛かったから、スパイスは足さなくても良いかもね」
「そうね、確かに『青唐辛子』が入っているわね。じゃあこの設定はそのままで。あっ、ちょっと前に流行った『パクチー』も入ってるのね、これは辛くないから増量しましょう、ヘルシーだし」
そう言って、また画面を連打する。
その様子を見て、僕は心配になってきたので止めようとする。
「あんまり連打するのは良くないんじゃないかな?」
「そうかな? じゃあ、『確認』ボタンを押すね」
僕の言った事など聞いていないかのように、ミサキは『確認』ボタンを押した。
酸っぱさと、少し遅れて辛さがやってくる。そして、臭い。圧倒的に臭い。独特の変なニオイが鼻の奥まで埋め尽くす。
「うわぁぁぁ、これは『パクチー』を入れすぎです」
ニオイに耐えきれず、レオ吉くんが鼻を覆っているマスクを取った。鼻が良いレオ吉くんは、既に涙目になっている。
キングがスマフォで調べながら言った。
「『パクチー』って、和名だと『カメムシ草』だってさ。ニオイの成分が同じらしい」
どうりで臭い訳だ、しかし、一時期『パクチー』はブームになったが、なんでこんな物がブームになったんだろうか……
僕がみんなに向って言う。
「ひとつ提案があるんだけど、ミサキに設定のパラメーターをイジらせるの、止めにしない?」
「そうね」「賛成」「異議無し」「そうですね」
ミサキ以外の返事がすぐに来た。もちろんミサキはふてくされた様子で反論する。
「ええ、なんでよ~」
「まずはレシピ通りの味を確認しようよ。アレンジはその後でも構わないでしょ」
「う~ん、まあ、それなら良いけど」
僕がミサキを適当に言いくるめて、この場は丸く収まった。
「次はどれにしましょうか~ そうだ、これにしましょう『タンドリーチキン』。おなじみのカレー味のチキンよ、どうかな?」
「いいぜ」「おいしそうだわね」「いいんじゃないかな」
賛成多数で、味を確認する事となった。ミサキが設定をイジらないので、僕たちは安心して味わう事ができる。
QRコードを読み込み、『確認ボタン』を押すと、カレー粉にまぶしたチキンを、オーブンで焼いた良い匂いが漂ってきて、その後に、鶏の旨みと、カレー粉の辛みが口の中にやってくる。
キングがスマフォで調べて、こんな事を言う。
「100~200円くらいでタンドリーチキンの調味料が売ってるな。手軽に作れるみたいだぜ」
調味料の説明の動画があり、これを見てみると、下処理をした鳥肉にこの粉をまぶして、オーブントースターに入れるだけで良いらしい。
オーブンに入れて数分後、ジュージューとおいしそうな音を立て、おいしそうなタンドリーチキンが出てきた。
これを見て、ミサキが我慢できなくなったようだ。
「もう、本物が食べたい!」
そう言って、舌の上のゼラチンのような部分を強く噛んだらしい。ボトッとちぎれた『スパイス・シミュレータ』の破片が、口からこぼれる。
続いて、ミサキのスマフォの画面に、『装置エラー、機器をご確認下さい』と表示された。
しらばくみんな呆然としていたが、やがてレオ吉くんが動き出した。
「壊れてしまいましたね。ちょっとアヤカさんに報告します」
そう言って姉ちゃんに電話をする。
レオ吉くんが事情を説明すると、姉ちゃんはこんな事を言ってきた。
「うそ! あれって、ワニくらいの顎の力が無いと、噛みちぎれない設計なんだけど……」
どうやらミサキの顎の力は、ワニを上回るようだ……
ミサキの装置が壊れてしまったので、ここで『スパイス・シミュレータ』の使用をやめて、スーパーに出かけて実際に色々と試してみる事になった。
トーストにシナモンパウダーと砂糖をかけるだけの、シナモンシュガートースト。
あと、ネットで調べた情報をいくつか試す。カマンベールチーズに黒胡椒をかけてみたり、チーズケーキに山椒を振りかけてみる。
シナモン、カルダモン、グローブを使った紅茶、チャイも試して飲んでみた。このチャイには砂糖を多めに入れた方が良いと、ネットに書いてあったのだが、ミサキは溶けきれないほど砂糖を入れていた。そのうちミサキは糖尿病になりそうだ。




