スパイス・シミュレータ 3
「ふおおぉぉ~ どれも美味しそう!」
ミサキが『スパイス・シミュレータ』の料理が載っているカタログを見て、奇声を発した。いつになくテンションが上がっているようだ。
そんなミサキを見ながら、ジミ子が冷静に言う。
「落ち着きなさいよ、料理は逃げないんだから」
「そ、そうね。でも、どれにしようかな。これなんてどう?」
カタログのページを開き、みんなに見せる。そこには『シナモン シュガー トースト』のレシピがあった。
「良いんじゃないかな。とりあえず試して見ようよ」
僕が返事をすると、みんなはカタログのQRコードを読み取り、さっそく料理の味を確認する。
『味の確認』ボタンを押すと、甘い味と、シナモンとバターの心地よい香りが漂ってきた。
レシピを見ると、トーストの上にバターを塗って、グラニュー糖とシナモンパウダーをのせて、オーブントースターに入れるだけという、とても簡単なものだった。
「シナモンパウダーの値段を調べて見たら、170円くらいで小瓶が売ってるぜ」
キングがスマフォで商品の検索結果を見せながら言う。どうやら実際に試してみる気らしい。
「その値段だったら、悪くないわね。後でスーパーに寄ってみる?」
ジミ子もその気になったようだ。確かに安くて簡単だ。僕も今度やってみよう。
その後、『羊肉のシシカバブー』『サーモンの香草パン粉焼き』の味を試した後、ヤン太がこんな感想を言う。
「この機械、良くできているけど、いちいち全員でQRコードを読み取るのは面倒くさいな」
確かに、一つのカタログをみんなで回しながら、それぞれのスマフォでQRコードを読み取っていく作業は、意外と面倒くさい。
僕たちが微妙に困っていると、レオ吉くんがこんな事を言う。
「それならUSBのハブを使いますか? USBハブにみんなの『スパイス・シミュレータ』の端子を指せば、一台のスマフォでコントロールできるようになりますよ」
レオ吉くんは『スパイス・シミュレータ』の入って居た段ボールから、USBハブを取り出してきた。
「それじゃあ、そうするか」
ヤン太はそう言って、『スパイス・シミュレータ』の端子をUSBハブに差し替える。僕たちも面倒なので、ヤン太に続き、USBハブの方へ差し替えた。
ちなみにコントロールをするスマフォは、メニューのカタログを持っているミサキのスマフォだ。
カタログをペラペラとめくっていくと、カレーのページに突入した。インド風、ネパール風、欧風、日本風、様々な国の、様々なカレーが載っている。
「この、黒胡椒の利いた、ブラックペッパーカレーとか美味しそうじゃない?」
ミサキが黒いカレーを見ながら言うと、レオ吉くんが何かを思いだしたかのように言う。
「そうだ、これ、ボクのアレンジしたカレーのレシピです。試してみますか?」
「うん。試して見るわ」
レオ吉くんの差し出したスマフォにはQRコードが表示されていた、ミサキはそれを読み取り、味の再生を行なう。
すると、マイルドなカレーの味がしてきた。辛さはインド風と欧風の中間あたりだろうか、優しい中に、ピリッと舌を刺激する、ほどよい辛さが良い感じだ。
「これ、本物だったら、もっと美味しいんでしょうね」
ジミ子がレオ吉くんに向って言うと、こう答える。
「そうですね。『スパイス・シミュレータ』だと、コクと舌触りまでは再現できませんからね。旨みの表現もいまいちですし……」
この装置を何度か試して分った事がある。それは味の再現が薄っぺらいからだ。
その薄っぺらさは、このカレーに例えると、カレー味のポテトチップを食べているように、軽く、薄く感じる。そして、もう一つ、この装置には致命的な弱点があった。
「この味、ご飯と凄く合いそうね……」
そう言いながらミサキはポタポタとよだれを垂らす。
「うおっ! きたねえ!」「よだれを垂らすなよ……」
隣にいたヤン太が、慌ててミサキから遠ざかり、キングがあきれた表情でミサキに言う。
「しょうがないじゃない。だって、こんなに美味しくても食べれないんだから……」
この装置の致命的な弱点、それは味が分るが食べられない点だ。まあ、当たり前の事なのだが、ミサキにとって、これはとても辛い事らしい。ごちそうを前にして、おあずけをくらった犬のように、切ない目をしている時がある。
「はい、ティッシュペーパー。味が薄く感じるのは、もうちょっと何とかならないのかな?」
ボクはミサキにティッシュを渡しながら言うと、レオ吉くんがこんな提案をしてくれる。
「味が濃くなるように、シミュレーターのスパイスの量を、少し増やした方が良いかもしれませんね」
レオ吉くんがそう言うと、ミサキが答える。
「そうね、次から調整をしてみるわ。すこし多めに設定すればいいのよね。食べ物に関しては、私に任せてよ!」
僕たちの『スパイス・シミュレータ』は、全てミサキのスマフォに繋がっている。ミサキは常識的な範囲内の設定ができるだろうか? ちょっと不安になってきた。




